黒猫と負け犬
その日は敵船を落とした日だった。
もちろん、その夜はモビーディック号の上では盛大な宴になった。
「呑んでるかい、エース?」
惜しげもなく振舞われる料理を、これまた惜しげもなく胃袋に送るエースのもとに、なにやらご機嫌なマルコが大きな酒瓶を抱えて声をかけた。
「……いただいてマス…」
まだ白ひげ海賊団に身を置いて日の浅いエースは、生返事だけ返してぷいと顔を逸らした。
すると、挨拶代わりに背中をばんばん叩かれ、頬張っていた料理をちょっと吹き出す。
そんなエースの様子など、まったく意に介していない風で、さっさとエースの側にマルコは座り込む。
そして片手に持っていた大きな酒瓶をエースに差し出し、
「まぁ飲めよい」
と、さっさと手酌をする。
エースは少し眉をひそめたが、この人はこうでもしなけりゃ立ち去らないと踏んで、仕方なしに注がれた酒をぐ、っと煽った。
しかし、その瞬間、舌の上に広がる風味に眼を剥いた。
「…うわ…っ」
思わず声が上がる。
口にした途端に広がる芳香は芳醇で、むせ返るようだが決して下品ではない。
舌に残る甘い刺激と、喉を通る苦みが上手に混ざり合い、今まで味わったことがないような味が喉を通り過ぎる。
こんな酒は初めてだった。
「美味いだろう。エースもしっかり飲めよい」
豪快に酌を進めるマルコは、始終笑顔でその酒を楽しんでいる。
随分と機嫌がいい。
こんなマルコは見たことがなかった。
マルコといえば、どんなに酒を入れたところで、酔っ払ったところなど見せず、場を見守っていることが常だったからだ。
「…あれ?」
しかし、一杯二杯と飲み進めると、エースはすぐに異変に気付いた。
頭にもやがかかったようにくらくらする。酒の回る速度がいつもより早いのだ。
…酔ったかな?
酒にはそう弱いほうでもないのに、たった数杯でこんなにも回るなんて。
「なぁマルコ、この酒もしかしてめちゃくちゃ強……い…?」
エースは最後まで言葉が告げなかった。
ふと上げた顔に影がさし、真剣な青い眼差しがこちらを射抜く。
呼吸が触れるくらい、とても近い場所に体温を感じた。
戸惑う心臓の音がしたと思う。
だがそれも一瞬で。
不穏な気配を感じた時には既に遅く、そのまま、間の距離はゼロになり、軽い音を立てて唇と唇が触れた。
「…!!」
瞬間、弾かれたように思いっきりマルコを押しやって、その場からエースは飛び退く。
少しだけ足がふらついた。
上げた声はもっと危なげに震えていた。
「…ちょ、あんた、なにして…!?」
「なにがだい?」
「なにが、って…今…あんた…」
おれに、何した!?
動揺で二の句が告げない。
何をさも当然、みたいな顔してエースを見つめるマルコには、まるで悪びれた様子もない。
視線だけがぶつかり、二人の間の空間にはにじみ出る嫌な沈黙が流れた。
「あ、いたいた、マルコー」
と、そこにまるで場にそぐわない飄々とした口調でサッチが現れた。
エースにとっては救いの天使だ。リーゼントのおっさんだが。
「マルコ、その酒、他の奴らにも回してやって…くれ……。……なにやってんの?お前ら」
なんとも割り込みにくい不穏な空気に、サッチは苦笑いをこさえた。
返事をしないエース。
何事もなかったかのようにサッチに視線をやるマルコ。
三秒ほど全員が沈黙。
そして、その状況をあっさり読んで、サッチは言った。
「あー、あれか、もしかしてエース、唇でも奪われたか」
「な、何いって…!?」
「あちゃー、図星かぁー」
サッチは盛大に頭を抱える仕草をする。
大きなリーゼントが残念そうに揺れた。
「気の毒になぁ…。マルコな、酒めちゃくちゃ強ぇんだが、この酒だけはダメなのよ」
そのままサッチはマルコから酒瓶をひょいと取り上げる。
「ワノ国の酒でな、味はもう折り紙つきなんだが、この酒だけはこいつの理性を奪うんだよ」
他の酒じゃちっとも酔わないくせにな、とサッチは笑う。
…瓶の半分なかったぞ、その酒。
ということは、もうかなり出来上がっているということだ。
「ほら、マルコ、立てって」
ぐい、っとサッチはマルコの腕を引くも、マルコは立ち上がらない。
しょうがねぇな、と呆れて、マルコの肩を抱いて立ち上がった。
本当は自分の足で歩けない程酔ってたってのか。
さっきまで全く問題なく普通に歩いて、エースの側に来たというのに。
「よぉサッチ」
そこでようやくマルコが口を開いた。
挨拶らしい挨拶を口にした途端、サッチの口にも同じキスをした。
「!!?」
エースは自分の眼を疑った。
こんなマルコは記憶にない。
マルコといえば、いつも嫌味なくらい落ち着き払ってて、おせっかいで、面倒見が良くて、やるときゃやる、よいよい言ってるパイナップルだと思っていた。←ひどい
しかも、端から見れば、いつものマルコと何も変わらない。顔も赤くなければ、呂律が回っていないわけでもない。眼差しもしっかりしている。
傍から見れば、いつもよりちょっと上機嫌なマルコだ。
普段と変わらないから、マルコが酔っているとは思わなかったのだ。
「あー、はいはい」
サッチは慣れたもんだと、マルコの顔を乱暴に引き剥がして、空いた手でごしごしと自分の唇を拭う。
「言い忘れてたけど、こいつ、酔うとキス魔になんだよ。ま、犬に噛まれたと思って忘れろよ」
それに、とからかうように続けた。
「この船の奴らは大体被害者だ」
そしてサッチは笑いながら酔っ払ったマルコと、問題の酒を連れて行く。
「…なんなんだよ、ちくしょう…」
その背中を見送りながら、エースは毒づいた。
触れた唇の熱さに頬は火照ったままだ。
それなのに胸に残る苦みは酒のせいだけじゃない気がして、余計悔しくなった。
end.
ちなみにマルコは全く覚えていません!
当分、エースの機嫌は治らなかったと思われます!
マルコが酷くてすみません!!色々酷くてすみません!!
でもちゃんとマルエーですからーーー!!
お粗末様でした!
2010/06/18