黒猫と砂時計
その日、モビーディック号の甲板では、二番隊と四番隊が盛大な飲み比べ合戦をおっぱじめていた。
全くなんでもない日でも、こいつらは何かにかこつけて酒を飲みたがる。
そして勝敗に拘りたがる。
そんな賑やかな空気の中を、一人素面で通り過ぎる影がひとつ。
「悪い、エースはいるかい?」
大いに盛り上がってる中、一番隊隊長マルコは、かたまって飲み比べをしている二番隊隊員に声をかけた。
「あ、マルコ隊長」
「エース隊長、今、絶好調ですよー」
隊員が、少し離れたところで酒瓶を高らかに掲げながら、さも誇らしげに何かを話している件の人物を指す。
「おーおー、始まったぜ、エース隊長の弟自慢」
「気持ちよさそうに話してるんで、もうちょっとそっとしといてあげてくださいよ」
「そうしてやりたいんだがな……その弟自慢してるあいつが喜ぶ話なんだよい」
「喜ぶ話?」
「ま、お前らもこれ、見とけよい」
渡された一枚の紙きれ。
それを見た隊員二人は、見事に酒瓶を倒して声を上げた。
「それでな、ヘラクレス逃がしたって泣くから、夜中に一緒に森に探しに入ってさ、そりゃもージジイに盛大に怒られたねー。それでなくても昼間トラに食われかけたのによ」
本当に楽しそうに笑いながら、座りもせずエースが全開で弟自慢をしているところ。
「エース、」
「おーぅマルコ!飲んでるかー!聞いてくれよ、俺の弟の……」
酒瓶を持った手をあげて、マルコに挨拶をしたかと思うと、そのままぼす、っとマルコの肩に沈んだ。
「ぐーーー……」
「…寝た」
「寝たなぁ」
「寝たよ」
成り行きを見守っていた他の隊員達が憐れみを含んだ声で、事実を述べた。
突如寝息を立てはじめたエースに、マルコは額を押さえて、大きくため息を吐く。
「……悪い、ちょっとエース借りるよい」
エースの腕を支えて、マルコは呆れたように言う。
「マルコ隊長、もう寝かせてやってくださいよ。すっかり呑まれちまってる」
ふと周りを見回せば、ほとんど空になった酒瓶をそこらじゅうに転がっている。
「まったく、仕方ねぇ奴だよい」
今にも崩れ落ちそうなエースの肩を抱えて、マルコは踵を返した。
「あ、そうだ、お前らもこれ、目ぇ通しとけよい」
ひらりと二番隊隊員達に持っていた例の紙切れを渡す。
それは真新しい手配書で、写っていたのは、指名手配犯とは思えぬ笑顔で、麦わら帽子を被った少年の写真。
「明日から輪を掛けて酷くなるぞ、弟自慢」
マルコはに、っと唇の端だけ持ち上げて笑うと、エースを抱え直す。
そして驚く隊員達を尻目に、エースを連れて歩き出した。
「……ほらエース、上脱げよい」
エースの部屋に入るなり、マルコはエースをベッドの上に放り、上着を引っ張った。
「なんだってこんな時に限って着てるんだよい…いつも裸のくせに…」
「んぁ〜…マルコのえっち〜」
「犯すぞこのガキ」
そう言いながら上着をむしり取る。
ころりとエースはベッドの上で反転した。
「ほら、一回起きろよい」
ぺちぺちと赤く染まった頬を叩いてやると、エースはむず痒そうに目を擦って、無理矢理頭を起こす。
眠そうに首を振ると、正面のマルコの顔を焦点の揺らいだ目で見詰める。
「…ん〜…マルコー…」
寝言のように名前を呼ぶと、そのままするりと両腕をマルコの首に絡めて、柔らかく唇を合わせた。
酒のせいでぼやけた視線がマルコを見つめる。
「…お前、誰にでもこんなことしてんじゃねぇよなぁ?」
「…しねぇーよー…」
呂律の回らない口で言われても説得力に欠けるが。
するとエースはぼすっとマルコの肩に額を落として、
「…マルコだけだぞー」
「…そりゃあどうも」
不意打ちのように耳元で呟くエースは、半ば呆れたように返事をするマルコに、また口付けが降った。
噛み付くように捕らえて、絡めて舐める。
「……っ…ふ…」
それに応じてやると、柔らかく息が漏れた。
部屋の空気がとろりと淀む。
「…んっ…っ…ぁっ…」
エースはしがみついて続けざまに唇を寄せる。
酒のせいか、いつもより唇が熱い気がした。
触れる舌先は溶け出すように、誘っては逃げて、逃げては絡めて追い立てる。
「…っ…ふ…ぁ…ん…っ…」
耳に残る甘ったるい声。
酒よりよっぽど酔いそうになるこの部屋の空気がとても急かしているように、マルコの背筋を走った。
じわりと身体の奥が滲む。
「……エース、」
低く名前を呼んで、ぐ、と身体に力を入れた、時。
がくん、とエースの身体がベッドに沈んだ。
急に唇が寒くなる。
「…………………」
嫌な沈黙に、エースの寝息が混じる。
「……こいつ………寝やがった…よい…」
盛大にいびきをかき始めたエースを、マルコは憎々しく見下ろした。
この状況で寝るか、普通。
そうかしまった、これはただの酔っ払いだった。
深いため息を吐いて、マルコはベッドから下りた。
寝込みを襲ったような気分だ。いや、そのままなのだが。
そして、渡しそびれた手配書を思い出す。
手配書らしからぬ笑顔の少年を見て、マルコは苦笑いした。
「……なんて厄介な兄貴だよい」
まだ会ったことのない写真の少年に思わず呟く。
そして手配書をサイドボードにおいて、マルコは部屋を出た。
end.
割とエースに振り回されてるマルコが大好物です。
お粗末さまでした!!
2010/05/26