blue bird
※本誌590話ネタバレ、妄想注意。
「じゃあ、ちょっといってくるよい」
明るい日差しが差し込んでいる部屋のドアを開けて、マルコはゆっくり声をかけた。
いつも通り、返事はない。
部屋の壁に弾かれて返って来る沈黙だけが、部屋の中を満たした。
まるで変わらないいつもの光景に、自然と自嘲じみた笑みが、口元に浮かぶ。
白いシーツが、視界の端に残ると、ドアが閉まる瞬間、名残惜しそうな風が鼻先を掠めた。
いつもの花屋に寄って、瑞々しい生花を買う。
鮮やかな色の花束の、色とりどりの香りが鼻先をくすぐった。
愛想の良い中年の女性に挨拶をして、静かな島の、静かな街を通り抜ける。
人とすれ違う度に、明るい挨拶が交わされた。
穏やかな日差しが海面を踊り、耳を掠める波の音が、とても時間の流れを緩やかに感じさせる。
街を抜けると海岸線に出た。
どこまでも続く海に、カモメの声と波の音がマルコの耳朶をくすぐり、懐かしい潮風が黒いシャツと金色の髪を梳く。
自然と足取りが止まって、少しばかりの間、耐えることのない波打ち際を見守った。
海を過ぎると、誰ともすれ違うことのない坂道を登る。
ひらりと舞う花びらが一枚、肩に止まったのを見つけた頃には、目的の場所へたどり着くいた。
「よう、今日も変わりないかい?」
古い馴染みに声をかけるような声音で、目の前の光景に手を上げる。
圧倒的な存在感を沈黙で覆い隠した白い墓標が、今日も変わらず佇んでいた。
静かな風が舞う。
それに伴って墓標の白い重厚なコートが空にはためいた。
先ほど買った花束をそっと墓前に置いて、マルコはそこに語りかける。
「サッチも、連れてきてやりたかったな」
一緒に眠ることが出来たなら、あいつも喜んだろうに。
そう思って久しい。
そしてそのことを口にしては、皮肉げに唇の端が上がるのだった。
白ひげの訃報から二年。
白ひげの縄張りだったこの島も、幾度となく野心にあふれた海賊に襲われた。
だが、そのたびに青い鳥がこの島を守っている。
黒い服に身を包み、艶やかな光を空に持ち上げながら敵船を弄ぶその姿は、どこか神聖なようでいて、地獄の使いそのものだった。
毎日が同じように過ぎ、変わることのない時間、変わることのないその場所で、マルコは今も待っている。
坂道を登ってから、随分と時間が経っていた。
何を言うこともなく、そこに佇んでいただけだというのに、黒いシャツの下の刺青が疼くように熱を持った気がした。
風がまた通り過ぎる。
ひとつ息を吐いて、マルコは優しく呟いた。
「明日も来るよい」
軽く手を上げて、墓標に背を向けると、来た道を戻る。
背中には、あの重厚な笑い声が聞こえた気がした。
「しまった、部屋の窓開けっ放しだったよい」
部屋に戻ったマルコは、柔らかな風に満たされた部屋を見て思わず口にする。
開け放した窓から踊る様に入ってきた風は、窓の両端に備え付けられたクリーム色のカーテンを容赦なく弄んでいた。
急いで閉めようと部屋を横切り、そのガラスに手が触れた時だった。
「いいよ、開けておいてくれ」
窓に視線を奪われていたマルコは、弾かれたように部屋の中を振り返る。
部屋の中央にあるベッドの、真新しいシーツに、見慣れない皺が残っていた。
穏やかな日差しが入り込む部屋の中、何度待ち望んだか判らない声が、小さく響く。
目の前に広がった光景を信じられないと、マルコは愕然と立ち尽くした。
視界に飛び込んできた顔は、確かに笑っている。
そう見える。
そして、あの生意気な唇が、小さく動くと。
「おかえり」
そう、紡いだ。
ただの日常会話のはず。ただの挨拶だ。
それが、なんでこんなにも甘く響くのか判らない。
判らないまま、おぼつかない足取りで、ベッドに歩み寄る。
少し震える手を伸ばすと、温度のある皮膚に触れた。
その輪郭を手のひらで確かめる様に触れて、生命の在り処を噛み締めた。
人形のようにものを言わなかった唇が、今は確かな意思を持って言葉を紡いでいた。
込み上げてくるものを止める手立てなどまるで判らず、マルコはそこに縋り付いた。
「マルコ…いてぇよ」
抱き締めた腕に抗議の声が上がる。
しかし、苦味を帯びた声ですら、今のマルコには届かなかった。
その腕の中にこの体温を感じていたかった。
「エー…ス」
「…うん」
待ち望んだ名前を、呼んだ。
声が返って来る。
その事実が、どうしようもなく締め付ける。
気付いたときには、その頬に涙が滑り落ちていた。
「…なんだよ、らしくねぇじゃん」
腕の中で、エースが笑った。
「なに、泣いてんだよ」
「そりゃ、泣くだろい」
「泣くなよ、マルコ」
「泣く…だろ」
抱きしめた腕に捕らえたのは、確かな命の形。
何度も夢の中でかき抱いては霧散した、願望の現われ。
それでも耳を打つ柔らかな命の鼓動が、現実であることを思い起こさせる。
これで泣かないで済む奴なんているはずがない。
「エース」
「うん」
「…エース」
「…うん」
「……っ、エース」
「……うん」
声が返って来る度に、どうしようもなく温かいものが広がった。
繰り返すと、エースの目じりにも、同じ涙が浮かぶ。
マルコの背中にも、腕が回ったのが判る。
その感触に、どれだけの安堵感が生まれたか判らない。
呼吸の音がする。
心音が伝わる。
二度と聞けないと思った、あの声が、側で囁く。
「ごめん、マルコの声、ずっと聞こえてたんだけど、返事、できなかった」
「…気にすんなよい」
強がりのような返事に、思わず笑み溢れた。
「……エース」
「うん」
何度も何度も、その命の名前を呼んだ。
二度とこの腕から零れ落ちないように。
end.
墓守マルコとエース復活妄想でした。
タイトルはそのまま、某歌姫から。
歌詞がもうまんまマルコで。
タイトルまんまやーーん!!ってなったらぱーんなりまして。
ホント、妄想爆発ですみません。
お粗末さまでした!!
2010/09/25