白ひげの縄張りである島に停泊したときのことだった。
馴染みの島で羽が伸ばせると、意気揚々と他の隊長たちが上陸していく中、まだ白ひげ海賊団に入って間もないエースをマルコが案内すると言って一緒に上陸したのが半刻前。
港を抜け、夕食の買出しに精を出す買い物客でにぎわう大通りに差し掛かると、そこはエースの嗅覚が見事に発揮される場所だった。
ついその匂いに誘われて、露店のおっさんと仲良く話をして売り物の鳥の串焼きをちゃっかり両手に持った時には、先ほどまで側にいたはずのマルコの姿はなかった。
「…ったく、マルコのやつ、どこ行きやがった」
あの目立つ金髪を探せばすぐに見つかると思って、串焼きを一口で平らげ、人ごみの中を駆けていったエースだったのだが。
見つかるのは夕闇に見え隠れする喧騒だけで、一向に目当ての人物は姿を現さなかった。
「迷子かよ仕方ねぇな」
テンガロンハットを被り直し、エースは毒づく。
実は自分が迷子なのだが、それは気付かないふりをした。
そのまま走り回っているうちに、ふと足を止めると、街並みを取り巻く空気が変わっていることに気付く。
「あれ?」
明らかに先ほどの大通りとは雰囲気が違っている。
妖しく揺らめく照明に毒々しいとも取れる色の豪奢な建物と、道の先々に立っている街ゆく人たちを待ち受けるような、着飾った女性たち。
その微笑は母性と淫靡さの両方を併せ持ったような色香を全身に纏いながら、今日の獲物を物色している。
エースの側を通り過ぎた女性連れの男の表情を見れば、ここがどういう場所なのかすぐにわかる。
薄闇に紛れた街並みが、夜の顔で面を上げていた。
…まずい、変な場所に出た。
今は持ち合わせも少ないし、捕まって時間を取られるのもごめんだった。
そう判断し、すぐさま踵を返したところで、案の定その背中に高らかな声がかかった。
「お兄さん、ひとり?」
つい振り返ってしまうと、そこには黒髪をゆるくまとめあげ、大胆に胸元の開いたドレスを着た美貌の女性が、挑戦的とも取れる笑顔を浮かべて立っていた。
「…あ、いや、連れを探してんだ」
「良かったら一緒に探してあげようか?」
鈴が鳴るような声で返される。
赤い唇が持ち上がってエースに近づいてくる。
「あ、いや、おれは……」
「遠慮しないで、初めて来たんでしょ?案内してあげる」
顔は穏やかに微笑んでいるのに、拒否を許さないといった口調で、彼女は腕をこちらに向けた。
するりと伸ばされた指先が、エースの刺青の入った腕に絡められようとしたときだった。
「ごめんごめん、お待たせ」
横から別の声が響いた。
その声の主は今まさに絡め取られそうになったエースの腕とは逆の腕を掴み、強引に引っ張って歩きだす。
急に身体が傾いたエースが驚いてその人を見ると、長い金髪をなびかせて、同じような綺麗な衣装を身に付けた見知らぬ女性だった。
「…は?あんた……」
長い髪のせいで表情はあまり見えなかったが、間違いなく面識はない。
エースは引かれる腕に抗議の声を上げたが、
「し、合わせて」
その金髪の女性は小さく囁くと、最初にエースに声をかけてきた女性にわざとらしく見せつけるようにエースの腕に自分の腕を絡めると、歩く速度を更に早めた。
「え、あ?……あぁ、いや、まってない、よ」
「ほんと?じゃぁ行こうか」
エースは勢いに呑まれるままに適当なことを口にして、その女性の歩調に合わせる。
それしか術が思いつかなかった。
最初に声をかけてきた黒髪の女性を振り切って、そのまま二人は綺麗に人ごみを掻い潜って夜の繁華街を後にした。
しばらく走るような速度で歩いていたが、掴まれた右腕の上腕二等筋辺りに当たる何とも言えない感触に耐えられなくなり、エースは人ごみがまばらになった辺りでその腕をふりほどいた。
「だぁ!」
女性は驚いたように、そして残念なようにその放り出された腕を引っ込める。
「なんなんだよ!あんた誰だよ!?」
急に離れた腕を口惜しそうに眺めていた金髪の女性は、夜の街の照明の下、その美貌を苦笑いで歪めて、綺麗に縁取られた目を何度か瞬かせた。
見れば見るほど初対面である。
「誰って言われてもね…お兄さん、困ってそうだったから助けただけだよ」
「……困ってねぇよ」
「そう?あそこの店、性質悪いから、うっかり付いていくと骨の髄までしゃぶられるよ?」
綺麗な女性の口が毒々しく歪む。
それはあまり気分のいいものではなかった。
「…そ、それはどうもありがとうございました」
丁寧に帽子を取って頭を下げる。
その様を見て、彼女はとても面白いものでも見るように満足げに微笑み、
「はいよくできました」
くすくすと艶めく唇が笑って、手入れの行き届いた指先がその口元を隠す。
そしてようやく思い出したと言わんばかりの口調でエースの顔をもう一度見た。
青い目の美貌が困惑するエースを射抜く。
「お兄さん、オヤジさんのところの新しい隊長さんでしょう?」
「おれを知ってんのか?」
「もちろん。うち、御用達だから」
そう言って女性は着ていたドレスの左肩を落とした。
露わになる肩とその延長線上に見える曲線を惜しげもなく晒す。
エースが視線を外すより先に、二の腕の真ん中にある印に目が留まる。
自分の背中にある誇りと同じ印。
エースの中の疑心が一気に緩んだ。
「なんだ、あんたうちのモンか」
「うーん、厳密には違うけどね」
「?どういう意味?」
「まぁ、そういうことでいいわ。それより」
瞬間、彼女を取り巻いていた空気が一変した。
噎せ返るような攻撃的な色香と“女”という存在感がその場に立ちこめる。
そして彼女は無遠慮にエースとの距離を詰めた。
触れ合いそうな距離まで顔が近づいて、妖艶な舌先がちろりと覗く。
「噂通りなのね。いくつ?」
威圧的とも言っていいほどの強烈な色香。
晒された左肩の白い肌の色が、夜の明りに照らされてより白く際立つ。
赤く引かれた唇の動きがやけにはっきりと見えて、視線を縁取る黒が、エースの背筋に予想もつかない感覚を這い上らせた。
「…じゅ、じゅうはち…」
気圧されるような女の存在感に、エースはぽつりと返事をした。
「あら、想像以上に若い。本当に実力者なのねぇ」
蠱惑的な唇が少し驚きの色を見せた時には、エースと彼女との距離は殆どゼロに近かった。
エースの腹の辺りに当たる確かな存在感を持つ柔らかい感触と、至近距離の呼吸音、血の巡る音、鼻腔をくすぐる甘い香り。
どれをとってもエースの判断力を鈍らせる。
いつの間にか後ずさっていたらしい。背中に壁が当たる。
まるで追いつめられているようだった。
「でも、十分大人よねぇ」
そう女が呟くと、手入れの行き届いた指先がエースの羽織っていたシャツの下に滑り込む。
柔らかい指の腹がするりと胸元に入り込むと、妖しく蠢いた。
「ちょっと!」
静止の声を上げたが、女の強い視線とかけられた体重に阻まれる。
耳元に誘惑の声が囁かれて、ぞわりとエースの背筋を泡立たせた。
そこに、強い声が降った。
「なにやってんだよい!」
声を認識するより先に、エースの腕が強く引かれた。
弾かれたように女と距離を置いて、エースは引かれた先を見やると、そこには明らかに走っていたのだろう、息を切らしたマルコが、それはもう見事な不機嫌顔でエースを見据えていた。
「マルコ!?」
「やっと見つけたと思えば、お前なにやってんだよい」
呆れと叱責が混じったような声と共に、あの青い目に射抜かれる。
反論はできそうにもない。
しかし、エースの責任は薄そうな気がした。
「いや…おれは何も…」
エースが不得意な言い訳を必死で考えていると、マルコはさっきまでエースを誘惑していた女に水を向けた。
「あんたもだよい。こいつを見つけてくれたのは礼を言うが、悪さするのはやめてくれよい」
「あら、せっかく新しい隊長さんがいらっしゃるって聞いてたからお迎えしたのよ?」
「悪ふざけがすぎるよい」
「お仕事ですから」
どうやら顔見知りらしい。
エースの知らないところで軽やかなやり取りが繰り広げられていた。
しかし彼女のほうが一枚上手だったようで、マルコは分が悪くなったと後頭部をがしがしと掻く。
「今度ちゃんと店まで顔出すから、今日のところは勘弁してもらえねぇかい?」
「マルコ隊長に言われたんじゃしょうがないわね。いいわ、勘弁してあげます」
先ほどの妖艶な娼婦の顔など嘘だったように、今では子供を躾ける母親のような表情でやり取りをしている。
本当に表情がくるくる変わる女性だった。
「だから、今度は隊長たち全員でいらっしゃってくださいな」
「全員はちょっと難しいかもな」
「私はそこの新しい隊長さんと、マルコ隊長だけで十分ですけど。他の子がね」
「わかったわかった、話はしとくよい」
どうやら話がまとまったらしい。
「じゃ、またね、隊長さん」
と、彼女はエースに向かって微笑むと、柔らかく手を振ってあの波打つ金髪と一緒に夜の街に消えていった。
「…誰?」
嵐のように去っていった彼女の後姿を見つめて、当然の質問を投げる。
マルコは指して珍しくもないという口調であっさり答えた。
「うち御用達の店の筆頭だよい」
「……ふーん」
「まぁ全員がお世話になってるわけじゃねぇよい」
「……ふーん」
気のない返事で応じるエースは、自分の腹の内で面白くない感情が燻るのを感じていた。
別に誰がどこで何をしていようと勝手なのだけれど、なんとなくあの女のマルコへの親しげな態度が気に入らないのだ。
いや、彼女への態度ではない。
マルコが彼女に親しいからだ。
自分の知らないところで自分の知らない人と自分の知らない顔をする。
そんなマルコがいることが面白くないのだ。
…あれ、おれってこんなに心狭かったっけ?
無意識にテンガロンハットの位置を直すと、エースはさっきまで自分のいた夜の街を一瞥した。
「それよりエース」
と、そこにマルコの低い声が響いた。
「お前、あれほど逸れるなって言ったろい!」
「そりゃあんたのほうだろ!」
「停泊中に面倒事は起こすなって言ってあったろい」
「面倒事じゃねぇよ」
「店にまでいってたらもっと面倒な事になってるよい」
「なんとかできたって!」
「その自信はどっからくるんだよい」
「そんなに怒ることかよ!」
思わずエースも怒鳴り返していた。
ばつの悪い顔をしたと思ったら、マルコの青い視線がエースから外れて他所を見る。
その視線に何か意味深なものを感じたが、エースはエースで頭ごなしに叱られたことで気が立っていた。
「……あれが馴染みの女で良かったよい」
言い訳がましく呟いてマルコはため息を吐くと、エースの腕をもう一度引く。
「ほら帰るよい」
どうにも納得のいかない思いがよぎるが、しぶしぶ引かれた腕に従った。
しかし、少し先まで歩いたところで、背中越しのマルコは不機嫌そうに呟いたのだった。
「…誰にでも触らせてんじゃねぇよい」
一瞬の沈黙の後、エースは引かれた腕の先の背中に思わず吹き出してしまう。
なんだ、それで機嫌が悪かったのか。
夜の明かりに照らされたマルコの頬が少しだけ赤いような気がしたので、今回はおれが悪いということにしておこう。
ダブルマルエの日に何書いてんでしょうか。
ダブルどころかシングルマルエ…いやシングルですらない…。
夜のお姉ちゃんにセクハラされるエースくんが書きたかったんだ!!うわぁぁぁ
エースくんは夜の街とか慣れてないといい。
付き合いで行ったことはあるけど、それ以上でも以下でもないといい。
最近のマイブームが嫉妬するマルコみたいです。
お粗末さまでした!!!
2010/12/12