酒と下戸
「そういやさ、お前の出身ってワノ国だよな?」
海賊ってのはどうしてこう宴が好きなんだろうな、と誰かが言った。
その声も今じゃただの酔っ払いだ。
最初は誰と飲んでいたかもう覚えていない。
それなりの人数を擁するモビーディック号での宴会は、いつも大勢が入れ替わり立ち代り、誰かに酌をし合って歩く。
豪快な笑い声によって綺麗に盛られた料理が見事に蹂躙された頃。
満月の下で猪口を傾けていたイゾウに、サッチが話しかけた。
「あぁ…そうだが、なんだ?」
急に振られた話に、イゾウの白い頬が怪訝で歪む。
愛煙家で知られるイゾウだが、酒を飲むときはあまりキセルは好まなかった。
酒の味だけを楽しむ術は心得ている。
そういうところも、サッチは気に入っていた。
「次の島って、ワノ国みたいな遊郭があるって聞いたんだけど」
「……だから?」
「お前ならなんか知ってんじゃないかなって」
「何を?」
「ほら、作法とか?」
「作法って…」
「ちょっと敷居が高そうじゃねぇか」
「行く気かよ」
「二ヶ月ぶりの陸なんだ、楽しみは作っとかなきゃな」
好色げに口元を歪ませて、サッチは酒を煽る。
しかし、イゾウの反応は冷ややかなものだった。
「…お前、知ってたんだな」
「?何が?」
「俺が遊郭育ちってことだよ」
瞬間、サッチの時が止まった。
「……え?」
サッチの持っていたジョッキが下がる。
本当に不意を突かれた滑稽な表情で、イゾウの整った顔を凝視する。
「なんだ、ほんとにただの遊興かよ」
その反応は意外だったらしく、イゾウも切れ長の目を瞬かせた。
「…あー…悪い、さっきの忘れてくれ」
大きなリーゼントの揺れる頭の後頭部を掻いて、サッチは歯切れ悪く言った。
「構わなねぇさ、別に隠してるわけじゃない」
言わなかっただけだ、とイゾウは口の端だけで笑った。
「親父のお陰で、俺はここにいるんだしな」
そう言ってイゾウは猪口に新しい酒を注いだ。
白ひげ海賊団に乾杯だ、と囁いて、もう一度猪口を上げた。
「それに、ご希望なら色々教えてやるぜ?」
悪戯を仕掛けるような声音で、イゾウが不敵に笑う。
そこには自嘲にも似た、挑発的で妖艶な色を湛えていた。
「俺、結構上手いぜ?興味ねぇ?」
艶やかに酒で濡れた紅い唇が持ち上がった。
唇と同じ色の目尻が誘うような視線を作り、急に色を増した空気に、サッチは反応に困窮して、口に含んでいた酒をごくりと飲み下した。
しかし、そんな動揺など知られたくなくて、
「冗談、オレは女が良いよ」
おどけた口調で肩を竦めて見せた。
「そうか?」
あからさまに先ほどのサッチの動揺など見透かしてました、という顔でもう一度唇をあげる。
持っていた猪口を置くと、イゾウはするりと腕を伸ばした。
「俺はお前に興味あるけど?」
「え?」
反応するより先に、サッチの視界が塞がれる。
気付いた時には、紅い唇が自分のそれと重なっていた。
酒の味と紅の味が混じって、それとはまた違うものが感情に混じって、背筋に這い上がる感覚に抗えなかった。
思わず開いた着物の胸元を押しやっていた。
サッチの手から離れたジョッキが音を立てて転がる。
殆ど中身が残っていなかったことが幸いして、酒を撒き散らすことだけは避けられたが、そんなことは今のサッチにはどうでも良かった。
イゾウの小綺麗に整った顔がサッチの視界に入る。
「な…っ、なにすんだよ!!」
「ははっ、一本取ったな」
押しやられたイゾウは悪戯を仕掛けた子供がそのまま大人になったような表情で笑う。
「…お前な…悪ふざけがずぎるぞ…っ」
サッチの悪態など毛ほども感じていないという微笑をあの口元に残したまま、イゾウは整った顔に少し崩れた紅を薬指の腹で拭う。
そして流れるような赤い目尻の視線がサッチを捉えた。
その少し覗いた舌先の噎せ返るような色気に、サッチは自分の背筋が震えるのを感じた。
「隊長ー!」
そこに大きな呼び声がかかる。
16番隊の隊員達が大きな声でイゾウを呼んでいた。
見るからに、相当出来上がっている。
「おれにもお酌させて下さいよー」
「おぅ、お前ら」
固まってやってくる数人の隊員たちに手を上げて応え、イゾウは差し出された酒を、猪口ではなく隊員が持ってきたジョッキで受ける。
「隊長、久しぶりにあれ、見せてくださいよ」
そのうちの一人が、なにやら酒に飲まれた顔で言い出した。
「あれか、いいぜ、今日は機嫌がいい。伴奏は誰だ?」
珍しくイゾウが快諾したらしい。
隊員たちが一斉に色めき立つ。
「オレっすー」
そして既に隊員の一人が楽器を持って後ろに立っていた。
「よし、じゃあこっちだ」
そうこうしている間に、イゾウはさっさと人の輪の中に入ってしまう。
取り残されたサッチはぽかんと状況を見守るしかなかった。
程よく距離の開いたところに、イゾウを囲むようにして人垣が出来た。
ぽろん、と楽器を奏でる音がすると、イゾウは人の輪の真ん中に立つ。
左肩の着物を下ろし、鎖骨と胸の間に入れた白ひげの刺青を誇らしげに見せつける。
素早く袂から雅な朱色の房飾りがついた扇を取り出すと、優雅に開いて、一度呼吸を止めた。
そして、切れ長の黒い瞳を静かに閉じると、途端、場の空気が色鮮やかに姿を変えた。
楽器の音が艶やかに広がるとともに、扇を構えた指先が舞う。
満月を背景に、奏でる音楽に併せて踊るイゾウは、男とも女とも見える中性的な微笑を湛えたまま、吸い込まれるような引力と支配力とを持ってして、場の空気を完全に掌握した。
唇と目じりの紅が鮮やかな舞に華を添え、この満月の夜に桜でも舞っているのではないかと思わせるような情景を見事に演じて見せた。
サッチは一人、そんなイゾウを取り巻く人の輪から少し距離を置いて、どこか現実離れしたその光景を人事のように眺めていた。
「相変わらず見事だねい」
はたと後ろにマルコが酒瓶を片手に立っている。
「芸達者なことで」
急に声をかけられて、慌ててサッチは取り繕った。
「どうしたサッチ、顔赤いよい?」
「…飲み過ぎたんだよ」
「ふぅん?口も赤いよい?」
弾かれたようにば、と口元を手の甲で強く拭うと、甲に掠れた紅が残る。
「飲み過ぎたんだよ!!」
サッチは更に声を荒げた。
じわりとさっきのキスで移った紅の味がした。
イゾウさんとのちゅーも全部酒のせいにしたかったサッチと、冗談なのか本気なのかわからないイゾウさんのファーストインプレッション。
イゾサチ妄想が暴走してこんなことに。
ホントダダノmousouデス。
踊るイゾウさんなんてまるでタッチw
ここが一番楽しかったです(笑)
お付き合いありがとうございました!!
お粗末さまでした!!
2010/09/30