高校教師
『あ』
晴天の昼休みに屋上でこっそり煙草をふかすのがマルコの日課だった。
立ち入り禁止の札を掲げている屋上階段を静かに上り、くすねてきた鍵を白衣のポケットから取り出すと、いつもと同じ手ごたえを感じてドアを開ける。
そこに広がる景色は、独占欲を駆り立てられるには十分だと自負していた。
だからこそ、鼻歌交じりでドアを開けた先に先客がいたことに、マルコは素直に驚いたのだった。
鉢合わせた二人の声が重なったのはその時である。
黒髪を屋上の風になびかせて、黒い学生服を着た生徒がこちらを振り返った。
その口には火のついていない煙草と、手に握られた見慣れた銘柄の箱。
それが意味することなどたった一つである。
この生徒は、今まさに自分と同じ行為に耽ろうとしていたのだろう。
苦い沈黙が走った。
彼は急いで口に咥えていた煙草と箱を隠すようにポケットに突っ込んだが、そんなことはもう何の意味もない。
悪事が露見したときの子供の顔でこちらを見やるその顔には見覚えがある。
そばかすの残る頬と、特徴的な三白眼。
名前はエース。
受け持ちのクラスの生徒だ。
そこまで思考を巡らせて、マルコは一瞬どうしたものかと頭を掻いてため息を吐いた。
しかし次の瞬間には、淀みのない足取りでエースに詰め寄る。
「ほら」
差し出されるマルコの手に、彼はばつの悪そうな顔でしぶしぶ煙草の箱を乗せた。
次にどんな怒鳴り声が聞こえてくるのかと構えているエースを、マルコは一瞥する。
しかし、マルコは受け取った煙草の箱からやたらとゆっくりした動作で一本煙草を取り出すと、自分のポケットに入っていたライターを取り出し、慣れた手つきで火をつけた。
偶然にもそれはマルコがいつも吸っている煙草と同じ味がした。
「ん」
そして、その箱をそのままエースに付き返した。
「今日だけは見逃してやる。次はないよい」
「…なんで?」
「ここ、禁煙なんだよい」
事が露見すれば屋上の出入りはもっと厳重に管理されるだろう。
今でこそ鍵をくすねてきても誰にも気付かれないほどの関心しかない屋上に目が向けられることは、マルコにとっては好ましくない。
未遂で済むのならば、荒立てたくはなかった。
マルコは煙草の味を噛み締めながら、エースの隣に足を進める。
屋上を囲っているフェンスに背を預けて、警戒心の解けない野良猫のような表情の生徒に疑問を投げた。
「それより、お前なんでここにいるんだい?」
鍵は確かにかかっていたはずだ。
「…コツがあってさ、おれなら安ピン一本で開くんだ」
「それ知ってるのは、お前だけか?」
そう言って、マルコはわざとらしく煙を空に吐き出した。
「…うん」
「じゃ、黙っといてくれよい。おれの特等席だ」
煙草を咥えたマルコの口元が皮肉げに笑う。
エースはどういう顔をしていいのか判らないと、曖昧な微笑みを浮かべて言葉もなくこの目の前の不良教師の視線を押し返していた。
「…いいの?あんた、教師だろ」
「これ以上の理由、聞きたいかい?」
「…いい」
「じゃ、素直に受け止めろい」
思わずその黒髪に指を絡めて、マルコはエースの頭を乱暴に撫でた。
その手の下で、彼がどんな顔をしていたかは、その時のマルコは考えもしていなかった。
「それにお前、初犯だろい?」
「…え?」
「煙草の匂いなんて一度もさせたことないくせに」
扱い慣れていない手つきなど直ぐにわかる。
彼が教室でこの匂いを漂わせていたことなど一度もなかった。
ただの反抗心だとしたら、もう少し判りやすくやるべきだろう。
まるで痛いところを突かれたといわんばかりの態度で、エースは押し黙ったままマルコから味気ないコンクリートの床に視線を落とす。
答えなど返ってくるはずもないか、とマルコは内心で呟き、その息と一緒に肩を落とした。
しかし、不意に小さく声が返ってきた。
「……先生が、吸ってたから」
不意打ち過ぎて聞き間違いかと思うくらいの言葉だった。
「…何だって?」
マルコが聞き返すより先に、エースは俯いたまま握り締めていた煙草の箱をそのままマルコに押し付けた。
「やる」
「は?」
「これ、あんたがいつも吸ってるやつだろ?」
「あ?…あ、あぁ」
確かに口の中に広がる味は、マルコのポケットに入っている銘柄と同じものではある。
だが、それが何の意味を持つというのか。
「別におれ、煙草が吸いたかったわけじゃねぇんだ」
どういう意味か判らなかった。
煙草が吸いたくないのにわざわざ学校で煙草を吸うような奴がいるのだろうか。
返答に困ったマルコは思わず差し出された煙草の箱を受け取ってしまった。
「エース、」
と、そこでマルコの声を遮るように、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り響く。
屋上にはスピーカーが直ぐそばにあるものだから、これでもかという大音量が二人の鼓膜を殴った。
その音で顔を上げたエースはフェンスから身体を離すと、まっすぐ屋上階段へ続くドアへと逃げるように走った。
「おい!」
マルコが大きな声で呼び止めるも、エースは足を緩めなかった。
しかし、屋上階段へ続くドアを開けたところで、彼はマルコを振り返る。
「おれ、結構あんたのこと見てんだぜ」
まるで挑戦状でも叩きつけるような声が飛んでくると、意味深な言葉を残して、エースはさっさと屋上から足早に去ってしまう。
無機質なドアの閉まる音が彼の存在をかき消すと、言い逃げという表現がマルコの視界をちらついた。
「……なんなんだよい」
苦々しく吐き出した言葉と煙だけが、エースの後姿を追って空に溶けた。
end.
エースくんの片思いです。
憧れの先生の吸ってる煙草を、マルコさんがいつも吸ってる場所で吸ってみたかったという甘酸っぱい感じの妄想(笑)
急にね、学パロとか降臨してしまったんですよ。
高校教師的なあれですよ。
教師マルコ×高校生エースくんで、先生←生徒から始まる感じの…。
屋上は聖域ですよね。
屋上ちゅうまでは書きたい…んですが、続くかは謎です…。
お粗末さまでした!!
2010/11/24