Night Butterfly



マルコとセックスするようになって、どちらが言い出したわけでもないけれど暗黙のルールが出来た。

やりたくなった方が部屋に行く。

夜、誰にも見られないように部屋を抜け出して、マルコの部屋の扉をノックする。
すぐに返事が返って来て、部屋の中へ身体を滑り込ませると、部屋の主と視線が合わないように素早く身体を反転させて扉に鍵を落とす。
それから一度重苦しく息を吐いて、ともすれば部屋中に響いてしまいそうな心臓の音を落ち着かせた。
それから気まずそうに振り返る。
机で書き物をしていたらしいマルコがペンを置くと、こちらを向いて、ほら、と腕を広げる。それが合図。
エースは一瞬後ろ髪を引かれたけれど、直ぐさまその首に抱き着いた。
呼吸を奪って絡めた腕が体温をまさぐる。
息が苦しくなると、首や頬や額にキスが降る。
気付けば背中にシーツの感触がして、我に返る暇もなく、夜の闇に堕ちた。
余りにお互いが奪い合う力が強くて、いつも朝まで正気に戻れない。
海の中でもないのに溺れると感じる。
それなのに、どこか冷たい光を宿しているような青い眼を捕らえる度に、堪らなく不安になる。
背筋を這うのは、満たされる快楽より、責め立てられる焦燥ばかりで。
絡み合った指先からは体温が奪われる。
繋がった場所は熱いのに。







「なんかおればっか好きな気がする」
「……はぁ?」

食堂で食器の片付けをしていたサッチが明らかに怪訝な顔をして振り返った。
食事も終わり、食堂にはその日の食事担当サッチと、テーブルに頬を合わせてうなだれるエース一人。

「…また何を言い出すのかと思えば…」

呆れた、と言わんばかりにため息混じりにフライパンを拭くサッチはエースに言った。

「お前、そりゃ盛大な勘違いだ」
「…だってさ、おればっか行ってるんだぜ?」

…部屋、と口を尖らせる。

「あーあーあー、待て待て頼むからそこら辺は語ってくれるな。大事な弟分と長年付き合ってきた兄弟分の夜事情なんて知りたくねぇ」

わざとらしく大声を上げてストップをかけるサッチは、フライパンとおたまで耳を塞いでみせる。

「一体何を見たのか聞いたのかは知らねぇが、大丈夫だって。あいつ、間違いなくお前に惚れてるから」

まるで言うことを聞かない生徒に言い聞かせるような口ぶりだ。
水周りの片づけを終えたサッチが豪快に笑ってエースの肩を叩いた。
その自信に満ちた物言いに納得できないといった顔で返すエースに、サッチの大きな傷のある目元が歪む。

「だってあいつノンケだったもん」
「…は?」
「だから、あいつ無駄に男にモテるけど、一度もそんなことになったりしなかったってことだよ。店のお姉ちゃんの誘いに悪い顔はしなかったけど、お兄ちゃんは返り討ちだったからなぁ。見せてやりたかったぜ、あの酒場での炎上っぷり」

昔の事件を思い出したのだろう、口の端でサッチは笑った。

「だから、男のお前を抱くなんてこと、よっぽど好きじゃなけりゃできないってんだよ」
「…ほんとに?」
「あのな、これ以上疑うなら本人に聞いてみろ。ってか、それしかねぇだろ」

これ以上は付き合いきれないと突き放すサッチに、ますます釈然としないものを感じる。
しかし今は何も言えず食堂を後にするしかなかった。







本人に聞いてみろ、だって?
なんて聞くんだよ。

"マルコ、おれのことすき?"

……うん、良い感じに気持ち悪い。
想像してみてエースの背筋に鳥肌が立つ。

晴れない思いを抱えたまま重たい足を引き摺ってエースが甲板に出ると、積荷のチェックをしていたマルコを見つける。
他の隊員たちに軽やかに指示を飛ばしながら持っていたリストに書き込んでいき、時折隊員と会話を挟む。
てきぱきと仕事をこなす隊長としての後ろ姿を穴が開くほどに見詰めて、頭の中で同じ問答を幾度となく繰り返した。
腹の中でぐるぐると回る同じ質問と、それを自制する理性がせめぎあっている。
らしくないとは判っているものの、その熱の持った視線をマルコから離すことができなかった。
しかし次の瞬間、不意打ちのようにマルコが振り返る。
ばっちり視線が合ってしまう。

やばい、見すぎてた。

自分の気持ちが見透かされるのが嫌で、弾かれたようにそっぽを向いて視線を外した。
そしてそんなことばかりを考えている自分に嫌気がさして、エースはもう一度ため息を吐く。

「……はーぁ」

思いの外重量を持ったそれによって、気持ちは更に重たくなった。







むしゃくしゃした日は敵船の一隻や二隻来てくれればありがたいというのに、こういう時に限って進行方向にはなんの障害物も見えないものだ。
そんなことを考えていたらすっかり日も暮れて、夕食を済ませたエースはすっきりしない表情で自分の部屋まで戻ってきた。
持て余した懊悩に振り回されている自分の思考を直視し過ぎて、頭が痛い。 どさりとベッドの上に倒れ込む。
背中に圧し掛かるのは、まるで海の中に沈んでいくような嫌な感覚。
とても疲れていた気がした。

そういや、自分の部屋のベッドで寝るの、久しぶりかも。

そんなことをふと思い、はたと自覚するのは、身体の正面に触れるシーツの感触。
と同時に、自らの皮膚の上を這う指先の感覚。
瞬間、昨夜の光景が脳内を駆け巡ってしまう。

「うわ…っ」

思い出すだけで下腹辺りにむず痒く疼く痺れが走る。
余りに単純な自分の思考に、誰に見咎められたわけでもないというのに羞恥心で頬が染まった。
昨日の今日なくせに、まだ足りないのか。

「……っ…」

一瞬迷う。
戸惑う視線は部屋を一周し、あっさりと理性は負けた。
見てはいけないと言われていた箱を開けてしまうような、悪戯心のように。
誰もいない部屋なのに、音が立たない様に恐る恐るベルトを外して、足の間に手を這わす。

「…ふ……っ」

ゆるゆると自分自身の熱を追い掛けて、喉元に食い込んでくる呼吸を乱した。

「……ぁ…っ」

頭の中で昨夜のことを反芻する。
耳元で囁かれる熱っぽい声、淫靡な音を含んだ言葉、絡みつくような視線と、触れただけで火傷しそうな指先。
零れ落ちる粘膜のぬめりに背筋に走る欲情。
敏感な部分を擦り上げて、その指先は、いつの間にか自分のものではないような錯覚を起こさせる。
記憶の底にある事後の倦怠感と痛みすらも噛み締めて、エースは喉を鳴らした。

「…マルコ…っ」

「なにやってんだい」

「ぎゃー!!!!!!!!!!!!!!」

劈く悲鳴とはこのことである。
エースは反射的に引っ張り上げたシーツを全身に被る。

「…なな、なんっ、なんで!!!??」

シーツの隙間からこっそりと覗くとそこには件の一番隊隊長。
尖った悲鳴で、突然の訪問者に問い質す。

「なんでもなにも、何回か呼んだろ、聞こえなかったかい?」

さも呆れましたといわんばかりの表情でベッドの上のエースを見下ろしている。

…気付かないくらい集中してたのかな、おれ…。

自覚した途端羞恥で涙目になる。
そして恐る恐る現状についての言い訳を考える。
だがしかし、その前にその事実を確かめる必要があった。

「…………み、見た…?」
「見た」

死の宣告のような声と共にマルコの視線が突き刺さる。

「おれちょっと沈んでくる」
「落ちつけ」

突っ込まれた。

「昼間様子がおかしかったら覗きに来てみたら…お前なにしてんだい」
「…………見ての通りデス」
「一人でやるくらいなら呼べよい」
「…いやだって…その……昨日の今日だし…」
「連日部屋に来てた奴が何言ってんだい」

反論のしようもなかった。
もごもごとシーツの中から濁った声で意味のわからない返事をする。
ふぅ、とマルコのため息がこぼれるのが聞こえた。
ふとマルコがベッドに腰掛けたようだ。スプリングが一度軋む。

「何が不満だ?」
「いや不満とか…そんなんじゃなくて…」
「不満だろう、あんな殺気の篭った視線寄越しやがって」
「…いやだから、おれの問題で…ってか殺気じゃねぇし」
「言わないとこのままだよい」

するりとシーツの下にマルコの手が入り込む。

「…ちょ、あっ!」

先ほどまで追い上げていた熱の名残を無遠慮に握り、力を入れる。

「…ぃ…って…っ」
「さっさと吐いて楽になれよい」

痛みと羞恥で背けた視線を無理やりに向かされる。
しかし視線だけは当の本人を直視できず、逸らしたままっだ。
だがそれだけではとてもじゃないが這いずり回る指先の責め苦に耐えられない。
とうとうエースは噛み締めてしまいそうな唇をそっと開いた。

「なんか…おればっか…好きみたいで…嫌なんだよ」
「…………」

反応のないマルコの表情を恐る恐る盗み見ると、なんとも渋そうな表情でこちらを凝視していた。
それだけでばつが悪くなり、エースの視線はもう一度そっぽを向いてしまう。

「……それだけかい?」
「それだけ…って…いうか…それだけ…だけど…」

そこで急にマルコに抱きすくめられた。

「ちょっ…なんだよ!」
「…お前がなんか悩んでるようだったから心配してたんだよい」

耳の側で安堵のため息がした。
抱きしめられた腕に力が入る。
それだけでじわりと、エースの腹の中に蹲っていた不安が溶け出すのを感じた。

「なんだってそんなこと思うのかねお前は」
「…だって…おればっか部屋行くし…」
「……それはまぁ、わざとだ」
「……わざと…?」
「お前が部屋に入ってくるときのあの顔見るのが好きなんだよい」

これから悪いことします、みたいな顔して、汚されに来る。
それがどれだけこの男の征服欲を刺激しているか、エースは知らない。

「……趣味わりぃ…」
「お前も大概だよい」

口の端で笑うマルコに反論は出来なかった。

「それで?」
「え?」
「今日はおれが部屋に来たよい?」

その言葉の意味を汲み取り、エースは一瞬にして顔面を朱に染めた。

「しないのかい?」
「………っ………」

思わず視線を外して何か反撃を模索する。
しかしさっぱり好手が思いつかず、マルコの唇に噛み付くだけの攻撃に出ることにする。
それに満足したようにマルコの唇の端が微笑むと、シーツが翻った。


end.


なんか始終むらむらしてるエースくんで申し訳なく。
ソロプレイが書きたかっただけなんです出来心ですごめんなさい。
お粗末さまでした!!

2011/05/19