Pretty girl


戦国時代の雑兵が、たった一人で十万の軍勢に挑む兵士の気分は、きっとこんな感じではないだろうか。
とてもじゃないが勝ち目などなく、それでも挑まなければならない。
背水の陣は自棄にも似た特攻精神を生み出し、ある意味でとても高揚している気分になる。
背筋を這う覚悟にも似た意地は、確かにアンの誇りを背負った背に存在した。
だからこそ、薄暗い部屋のベッドの上、膝立ちになったアンは握り締めた拳をもう片方の手の平に勢いよく打ち付け、景気良く言い放った。

「よし、さぁ来い!」
「………」

しかし返ってきたのは、苦笑と失笑のダブルコンボである。
その技の主であるマルコは、同じくベッドの上でアンと向かい合って胡座をかき、なんとも神妙な顔でアンを見詰めていた。

「…お前な、もうちょっと色気のある誘い方はできねぇのかい?」

呆れ果てた、と言わんばかりのため息が部屋の中に落ちた。

「…………」

見事玉砕したアンは、羞恥心で頬を真っ赤にして、その表情のまま押し黙るしかなかった。
気の利いた台詞など全く思い浮かぶ筈もない。
何を隠そう、今まさにことに及ぼうとしての誘い文句がこれである。
しかもこの関係になって初めてである。
ようやくお互いが合意でここにいるというのに、あの誘い文句ではマルコでなくても抗議の声が上がるのは無理もない。
本来ならば、お互いが初めて求め合う情事というのはもっと感情的で甘い響がなくてはならない。
しかしあれでは、これから一体どんな闘いが始まるというのか。
はぁ、と一つマルコがため息をついて、出来の悪い生徒に指導するかのような声音で言った。

「お手本見せてやるよい」

マルコの口元が歪むと、狡賢い大人の表情でアンの視線を射抜く。
次の瞬間には、ベッドの上に膝立ちになっていたアンの腕を掴み、いとも簡単に引き寄せた。
そのまま膝の上に乗せて懐に抱き込むと、耳元に唇を寄せて、柔らかく低音で囁こうと息を吸う。

「ストーップ!」

しかし、そこで小さな白い手に顎を思いっ切り押しやられた。

「だめ!絶対だめ!」
「なんだよい!?」
「だって…そんなことされたら…っ」
「…されたら?」
「多分、あたし燃える…」

消え入りそうな声で答えるアンは既に涙目になっていた。
以前にも何度かそういう雰囲気になったことがあったが、マルコが本気を出して、色を浮かべた表情でアンに触れる度に、耐え切れなくなったアンが発火して終了、というのがいつものパターンだったのである。
いい加減そんなことは止めたいと、発火する張本人が本気で受け入れる覚悟をしてこの場にいるというのだからこそ、こんな挑戦状紛いの口説き文句を聞いていたわけなのだが。

「……それじゃ何も出来ねぇじゃねぇかよい」

苦々しく抗議すると、とんでもない言葉が返ってきた。

「大丈夫、あたしがするから!」

すると、アンは勢い込んで握りこぶしを作った。
とてもいいアイデアだと言わんばかりの顔で語るアンを見て、マルコは思わず吹き出しかけた。

「意味判って言ってるかい?」
「…も、もちろん」

少し口篭って、もう一度アンは頷く。
しかし本当に判っていたのか怪しいものである。
そして、意味は判っていても、実際に出来るかどうかは別の話だ。
耳元で甘く囁くだけでボヤ騒ぎになるアンが、そんなことが出来るとは到底思えなかった。
更に言うなら、させるつもりもなかった。

マルコはひとつため息を吐くと、挑戦的な面持ちのアンを見る。
そしてアンを膝に抱いたまま、マルコはアンの両眼をその手で覆い隠した。

「…マルコ…っ!?」
「しばらくそのままにしてろい」

熱を帯びた声で囁いて、そのままマルコはアンに覆いかぶさる。
アンの身体をベッドに押し倒すと、柔らかいベッドのスプリングが軋んだ。
次の行動を予想してか、アンの身体が強張ったのが判る。
しかし、それでこの行為を止めるわけでもなかった。
視線を塞いだまま唇を奪うと、聞き慣れない声がアンの唇から零れる。
そしてアンの腹を辿ってホルターネックの下にマルコの手が這うと、少しだけ肩が震える。アンの手が反射的にマルコの上着の裾を掴んだ。
しかし、直ぐに気が付いたようにその手を離す。
それすらも愛おしいと感じるのだから、相当絆されているとマルコは内心自嘲した。

「…ふ…っ…ぁ」

何度か角度を変えて、舌先で咥内を弄ぶ。
上顎の粘膜から辿るように歯の内側をなぞって、行き場をなくしたアンの舌と絡む。
最後に、アンの下唇を甘く噛んでから、唇を離す。
手のひらの下の顔を見なくとも、今、どんな表情かは想像に難くない。
そんなことを思っていたら、緩やかにアンの腹を滑っていたマルコの手は、あっさりと心臓の上に辿り着いた。

「全く、脱がせ甲斐のねぇ奴だよい」

その辺りの女に比べればアンの身体は筋肉もあるし、鍛えられて締まっている。
しかし、間違いなく柔らかい女の肌である。
それを自覚しているのかいないのか甚だ疑問ではあるが、悪魔の実の能力も相まって、アンは装備品による防御力が殊更低い。
そしてこういう場面では、いともあっさりと目的の場所に辿り付いてしまうのだから、いささか味気なかった。
控えめな胸元を弄ると、押し殺したような声が上がる。

「…う…〜〜〜」

触れられる感覚に慣れていないアンは、他人の体温が心臓の辺りを這い回ることに過敏に声を上げたがる。
しかしそれは甘ったるい嬌声ではなく、不慣れな他人の体温による恐れと、それに耐えてまで受け入れたいと奮起する勇気に似た愛情である。
マルコの手のひらの下できつく目を閉じても、上着の裾を掴みそこなって空を握った手が強張っても、それでもマルコを全身で受け止めようとする姿を、殊更愛おしく思った。

「…アン」

耳元で囁いて、ゆっくりと彼女の目を覆っていた手を外す。
そして、薄く涙の浮かぶ黒い瞳と視線をぶつけ合うと、安心させるように額の黒髪に指を絡めた。
耳を澄まさなくても判る、心臓の音。
すると、最後の抵抗と言わんばかりに挑戦的に笑ったアンは一度大きく身体を起こすと、マルコの唇に噛み付いて、その首筋に両腕を回したのだった。
燻っていた熱がマルコの眼に火をつける。
薄く唇を持ち上げて、その柔らかい肌に酔いしれようと闇に沈んだ。

……その時である。



「敵襲だぁーーーー!!!!」

「うわぁぁぁあぁぁ!!!!」



船内に響き渡る轟音とそれを知らせる見張り番の声。
驚いたアンは大声を上げて、自分の上にいたマルコを力の限り突き飛ばした。
盛大な音を立ててマルコは見事に床に落下する。

「…ご、ごめん…」

床に転がるマルコに、アンは小さな声で謝った。
しかし、部屋の外が騒がしくなったのを聞きつけると、

「大変!こんなことしてる場合じゃない!」

緊急事態に飛び起きたアンは、にべもなくベッドから飛び降りる。
先ほどの色っぽい空気など見事に打ち砕かれて、アンはそそくさと捲れた服を直すと、急いで部屋を飛び出した。
マルコを振り返ることはしなかった。
とてもじゃないが目を合わせられないと、その背中が語っていた。
取り残されたマルコは遠ざかるアンの足音を聞いた後、それはもう盛大なため息を吐く。

「…またかよい」

眩暈がしそうなくらいの声音だった。
そして一度だけ俯いてからゆっくり顔を上げると、

「……邪魔しやがって…」

小さく呟いて、ゆらりと身体を起こした。
そして身体をほぐす様に何度か左右に首を傾げながら、一歩一歩踏みしめるかのような足取りで部屋を出た。






敵襲の知らせでにわかに騒がしくなった甲板では、もう殺気立った隊員達でごった返していた。
隊員達の怒号とせわしなく響く足音。
甲板へ駆け上がってきたアンが一番最初に見つけたのは、四番隊隊長のサッチだった。

「サッチ!」

その呼び声に軽く手を上げて応えたサッチは、駆け寄ってくるアンに問う。

「よう、マルコ見なかったか!?」
「もう来ると思う!」
「ったく一番隊の隊長様はなにやってんだこんな時に!」

サッチが吐き捨てた言葉に、アンは苦笑いだけで応える。そして敵船から飛来してくる砲弾を火拳で打ち落としながらサッチに背中を預けた。
サッチも抜き身のサーベルを両手に構えて次の指示を出そうと息を吸った。
まさにその時だ。
甲板に続く階段からとんでもない圧迫感を感じた。
尋常ではない空気に振り返ると、そこには先ほどまで自分が探していた一番隊隊長の姿がある。

「マルコ!?お前どこ行って……たん…だ…よ…」

思わずサッチは口篭ってしまった。
振り返った先にいたのは、盛大に怒気と覇気を撒き散らしながら、こちらに向かって薄く笑うマルコだった。
明らかにいつもと雰囲気の違う一番隊隊長に戸惑うサッチを横目に、マルコは側にいた隊員を捕まえて問う。

「何隻だ?」
「…い、一隻です」

彼は尋常ならざる一番隊隊長の様子を見て、あからさまに怯えながら答えた。

「おれ達相手に一隻とは……いい度胸じゃねぇか」
「……あのー、マルコさん?」

マルコを取り巻く空気のあまりの禍々しさに、思わずサッチも息を呑む。
既にマルコの撒き散らした覇気のせいで、何人かの隊員がその場にくず折れた。

「お前ら全員下がってろい。おれ一人で行く」

空気と空気がぶつかって弾けるような音を立てながら、マルコの周りに青い炎が立ち上った。
そのままマルコが隊員たちで埋まる甲板の方へ向かうと、隊員たちが恐れおののき、海を割るように道が生まれる。

「お、おいマルコ!?」

その間を我が物顔で歩き抜けた背中に、サッチの制止の声が追いかけてきた。
しかし、マルコは不機嫌さを隠そうともせず、

「八つ当たりくらいさせろい」

そう吐き捨てるとモビーディックの手すりを蹴って、青い炎を纏った不死鳥が夜の闇に浮かんだ。

「…え、なに?……誰?…マルコの奴怒らせたの…」

その様をぼんやりと見守っていたサッチは、何か事情を知っていそうな背後のアンを恐る恐る見やる。
しかしアンは答えに窮して苦々しく笑うと、今まさに撃沈されている敵船を指差した。



end


自分のすん止め好きが如実に現れている話で申し訳なく…。(苦笑)
いちゃいちゃしてるマルアンが書きたかったんですが、どうにも耐えられなかったです。自分が。
うちのアンちゃんはホルターネックが標準装備です。
ビキニも大好きですが。
こいつらが致す日は遠そうですね(苦笑)

お粗末さまでした!!
2010/11/14

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