背中が気になるお年頃
「もういいぞ、アン」
船医がぽん、っと肩を叩く。
「どうだ、出来栄えは?気に入ったか?」
壁にかかっていた鏡を指されて、アンは白い自分の背中を見た。
そこには背中一面に見事に彫り込まれた白ひげのマーク。
「うん、さっすが白ひげ海賊団名船医!ばっちり」
「そりゃ良かった」
豪快に笑った船医は器具を片付ける為に席を立った。
アンは満足そうに笑って、鏡を見遣る。
背中を彩る惚れ惚れする存在感に、とても逸る気持ちを抑えていられそうになかった。
そして、膝にかけていたシーツを掴んで、アンはベッドを飛び降りた。
「アン?どこ行くんだ?」
「皆に見せてくるー!」
「…その格好でか!?」
船医が慌てた声を上げた時には既に遅く、いつものホットパンツの上にシーツ一枚巻き付けただけのアンは医務室を飛び出した。
マルコは廊下で、次に立ち寄る港での役割分担をサッチと打ち合わせていた。
手に持ったリストに補給する物資の名前がずらりと書いてある。
それに必要事項を書き込みながら、先日水の値段が上がったとの報告を思い出す。
さて、どうやりくりしようかと頭を悩ませていたところ。
「マルコー!サッチー!」
廊下の端からよく通るアンの呼び声がかかった。
振り返ると、シーツを羽織ったアンが笑顔で駆けてくる。
「よぉアン、終わったのか?」
サッチが片手を上げて笑いかけた。
そうか、今日は白ひげのマークを入れると息巻いていた日だ。
アンが医務室に船医と篭ってからかなりの時間が経過していたことに気付く。
向こうから走ってくる様子を見るに、無事に終わったのだろう。
「見て見てー!」
勢いよく駆け寄りながら、アンは羽織っていたシーツをそれはもう盛大に脱ぎ捨てた。
「「!!!!???」」
まさにベタフラッシュが光る衝撃が走った一瞬後。
「見んなぁ!」
すかさずマルコの回し蹴りが綺麗にサッチの側頭部に入る。
哀れサッチは廊下の壁にめり込んだ。
「アン!お前なんて格好してんだよい!」
「え、だって…」
「だってじゃねぇだろい!」
マルコは物凄い素早さでアンのむき出しの肩にシーツを巻き直させる。
「これじゃ見えないよ、刺青…」
「いいから着てろい!何考えてんだ!お前は!」
「…そんなに…怒んなくなって……いいじゃない…」
見る見るアンの顔色が暗くなっていく。唇を尖らせて俯いた。
「あーぁ、泣かした」
いつの間にか復活したサッチが、マルコの耳元で恨めしげに囁く。
裏拳でそれを黙殺すると、マルコはため息と共にがしがしと頭を掻いた。
どうしてマルコの方が加害者側の気分を味わわなくてはならないのか。
「…あー。悪いサッチ、後頼む」
「いやいやマルコさん、人の頭に蹴り入れといてそれはねぇだろ」
「今度好きな酒奢ってやるよい」
持っていたリストをサッチに押し付けた。
半ばそう来るだろうと思っていたサッチは、一応形のみの抵抗はみせてみたものの、しょうがなしに笑ってみせ、リストを受け取る。
「い〜い酒頼むぜー」
「わかってるよい」
そしてマルコはアンに向き直る。
「アン、ちょっと来いよい」
サッチの呆れ半分期待半分の視線を背中に感じながら、マルコはぐいっとアンの腕を掴んで廊下を歩き出した。
部屋に連れて帰ると俯くアンをとりあえずベッド座らせた。
マルコも隣に腰掛け、シーツ一枚の格好のまま、まだへそを曲げているアンの黒髪に指先を絡める。
「怒ってないから、もう泣くなよい」
「…泣いてないもん」
突っぱねる声が返って来る。
視線も合わそうとしないアンの、膨らんだ頬がしぼむことはなかった。
「…あぁもう」
ぎゅっと拳を一度握ってマルコはアンの肩を引き寄せる。
そしてすっかり不機嫌に曲がった唇にキスをした。
「いい加減、機嫌直せよい」
ぎゅっとその肩を抱きしめた。
急な体温に驚いて、眼を瞬かせていたが、すぐにその両腕の体温に安心したようだ。
シーツ越しに、身体に入っていた力が抜けるのが判った。
「…うん」
ゆっくり眼を閉じたアンは、ようやく息を整えた。
「なんだってそんな格好で走ってたんだよい」
「だから、皆に見せようと思ったの」
「…上、裸じゃねぇかよい」
「着ちゃったら見えないじゃない」
しれっとそんなことを言う。
「…それはそう…なんだが…」
頼むからそんな格好で走り回らないで欲しい。
とは言えないまま、マルコは言葉に詰まる。
「それより見て見て、さすがはうちの船医でしょう?」
マルコの腕を外し、アンは後ろを向いてシーツを肩から落とした。
その白い背中に見事に栄える、白ひげの証。
誇らしげにその存在を語るアンは、心底嬉しそうで。
それを見ていると、マルコも嬉しくなる。
ただの形かもしれなかったが、それが刻まれることで絆が生まれるような、そんな感覚。
不思議な気持ちだ。
決して、昨日と何が違っているわけでもないのに、たった一つ、証を手に入れるだけで、生まれ変わったような気になる。
それは、マルコだけではないだろう。
「あぁ、綺麗に入ってるよい」
そっと白い背中に触れる。
手のひらで触れるその背中を、とても愛しく思う。
マルコは、ゆっくりとアンの背中を抱き寄せて、まだ目に新しいその刺青に唇を落とした。
「何…っ!?」
「出来栄え見てんだよい」
肩甲骨辺りでその唇が返事をする。
抱きしめている腕にもう少し力が入った。
「ちょっ…と」
抱いていた手が胸元に回り、小さな胸がマルコの両手で包まれた。
「……っ」
声にならない悲鳴が、アンの喉から溢れた。
背中から肩、うなじへとキスを落として、マルコはその白い身体に触れる。
アンの唇が何か言いたそうに震えたが、結局言葉にならずに吐息だけを吐き出した。
唇はそのまま後ろからアンの黒髪を辿って耳にたどり着く。
見えない場所をちろりと舐められて、アンは想像以上の声を上げた。
「……ぁ…っ」
後ろから回された手が片方、滑らかに胸元から腹部を辿り、そしてベルトに行き着いた時。
「お取り込み中大変恐縮なんですがー」
タイムリミットを告げる鐘の音がした。
数回のノック音の後、サッチのやや間延びした声がドアの向こうからかかる。
「アン、親父が呼んでるぜ」
その一言で我に返ったアンが、凄い勢いでマルコの腕から逃れた。
同時にシーツを引っ張り上げ、肩から被って胸元を隠すと、わざとらしくベッドの上で距離を取って、みるみる頬を真っ赤にする。
何か言いたそうに口をぱくぱくと開け閉めしては、潤んだ眼でマルコを睨み付けた。
嫌な沈黙がしばし場を満たす。
「あ、あたし、行くね…!」
音が立ちそうな勢いでベッドから飛び降り、そのスピードのまま、部屋のドアへ向かう。
ドアを潜ったところで、サッチにぶつかった。
一瞬、サッチと目が合うが、頬を真っ赤にしたまま逃げるように廊下の向こうへ走り去ってしまう。
「やらしいことしてるからだぜ」
シーツがマントのように翻る姿を見守っていたサッチは、ベッドの上で言葉にもならないマルコを一瞥した後、ため息混じりに言った。
次の瞬間、皮肉げに歪んだ口元を狙って、投げつけられた枕がサッチの顔面にヒットする。
「…うるせぇよい」
小さくマルコは呟く。
「…親父にもあの格好で見せる気かい…」
額を押さえて、マルコはため息を吐いた。
その時、にわかに船内が騒がしくなる。
「よぉアン、良い格好してんなぁ」
「あ、イゾウさん、見てみて」
「へぇ、できたのか。またでかいの入れたじゃねぇか」
「良いでしょ〜」
「ちょっと待てアン!お前なんて格好してんだ!」
イゾウとアンの声の後に、ジョズの悲鳴が聞こえた。
「………………」
「………………」
マルコとサッチはそこで顔を見合わせると。
「アンー!!!!」
盛大にマルコが叫んで、部屋を飛び出した。
end.
人目が気になるお年頃、の前日話。
この日から露出癖のあるアンと人に見せたくないマルコの戦いが始まります(笑)
お粗末さまでした!
2010/07/15