小さな部屋の太陽
「あら、船長さん、動かないで」
ロビンは瞬時にルフィの肩から咲かせた両手で、ともすればあちこち視線を奪われてしまう船長の顔を掴む。
そして固定した顔に、手にしたブラシを器用に動かして、ルフィの大きな目を馴染みの良いブラウンで縁取っていく。
仕事を終えた彼女が道具をテーブルに置くと、待ってましたとばかりにサンジが前に出る。
「じゃ、後はオレが」
ルフィの着ていた形の良いジャケットの左胸辺りにシルバーの細いチェーンの付いたモチーフピンブローチを留め、白と黒のチェックのストールを最もルフィの顔が栄える角度で巻きつける。
はね放題だった黒髪を様になるようにセットしたのはウソップの腕だ。
仲間によってたかって弄られるルフィは、普段ならば大声を上げて抗議したものだが、ここで文句を言ったら、後ろに座って満足そうに状況を眺めているいるナミになんと言われるかわかったものではない。
そして仲間たちの手が離れて広がった視界の先にある鏡に映し出された自分を見て、ルフィは大きな目を更に大きくした。
鏡の前に座っていたのは、見慣れたはずの自分とは違う顔。
どこか絵に描いたような、作り出した独特の雰囲気を持つ佇まい。
「あら、馬子にも衣装ね」
ナミが期待以上、と上機嫌に笑って席を立つ。
そして預かっていた麦わら帽子を颯爽とルフィに手渡して、張りのある声で言った。
「さぁ、稼ぎに行くわよ、船長!」
「いやー、いい!いいよ船長さん!とてもいい!」
歓喜の声を上げるカメラマンに、その場にいた麦わらの一味全員がぽかんと口を開ける。
「最近じゃこんなに刺激されるモチーフも少ないんだ。素晴らしい!」
黒いシャツと黒いパンツで全身真っ黒のカメラマンは、どうにも手のつけられないほど興奮していた。
ひとしきりルフィを褒めちぎった後、今度は仲間たちへと視線を移す。
「君が黒足のサンジか。見事にまぁ手配書と違うねぇ。いやぁ、想像以上に本物は良い」
当たり前だ!とサンジから抗議の声があがる。
「まったく海軍はろくな仕事をしないなぁ。こんなに良い素材なのだから、もっとちゃんと納めてやればいいものを」
軽やかに動く口と共に、カメラマンは準備をする手を休めない。
手際よく準備を整えて顔を上げると、改めてルフィを見据えた。
「さてと、できるなら、この素晴らしい仲間たちも全員撮りたいところなんだが…残念なことに、今回は船長さんのみということなんだ」
肩をすくめて見せるカメラマンの視線を押し返して、ルフィは仕草だけで返事をしてみせる。
これから始まることに、いつものルフィなら期待感と高揚でわくわくしているだろうというのに、今回は珍しく仏頂面で話の流れを見守っていた。
「ほらルフィ、ぶーたれてないで」
呆れたナミが喝を入れるようにルフィの背中を叩く。
しかし、カメラマンはあっさりとそれを否定した。
「いやいいんだ、今回は怒っていてくれて構わない」
訝しがるナミを制して、カメラマンは続ける。
「先方の依頼でね、海賊らしく、凛々しい表情で、とのことだ」
「…凛々しいっていうか……これは不機嫌な顔だけどな」
横槍を入れたのはサンジだった。
「僕としても残念なんだよ、あの手配書の人物だろう?笑顔が一番栄えると思わないか?」
冗談めかして目配せするカメラマンには、反論を許さない豪気が含まれていた。
そしてカメラの位置を場所に移動し終えると、
「さぁはじめようか船長さん。良い作品にしよう」
改めて、一瞬を切り取るプロの顔になった。
さて、話は数日前に遡る。
麦わらの一味の船にこんな話が届いた。
某ファッション雑誌の表紙に、麦わら海賊団の船長を起用したい。
我らが船長がまさかのモデルデビューに、船員たち全員が驚いた。
しかし、依頼料をがっぽり取れると踏んだナミが、すっかりマネージメントに燃えてしまい、肝心の船長の意思など伺う間もなく、あれよあれよとことが運んでしまう始末。
当のルフィはさっさとある島のスタジオに連れて来られて、意気揚々とした仲間たちに寄って集ってもみくちゃにされて、先ほど、ヘアメイクと衣装合わせが終わったところである。
しかし、ルフィの気持ちはこれから始まる撮影に向けられてはいなかった。
不機嫌な表情を隠そうともせず、着飾られた自分をどこか他人事のように眺め、目の前の機材だらけのスタジオを一瞥した。
白い大きな布がかかっている壁と白い床。
巨大な機材がいくつもが運び込まれ、最も全体が見える場所に大層な装備のカメラが置かれた。それを眺めながら腹の下に蹲るもやもやとした感情の吐き出し場所を見つけられずにふてくされた顔をしている。
それもそのはずだ。
実は今、この場所にはゾロがいない。
「そういうことなら、おれには用がない」と、サニーの船番を買って出たのがゾロであり、それが、ルフィには大層気に入らなかったのだ。
せっかくかっこよくしてもらったのに。
一番に見に来ないとは何事だ。
「ゾロのあほー」
誰にも聞こえない声で小さく呟いたけれど、それはただ真っ白な光を反射する床に落ちただけだった。
「………」
目の眩むフラッシュが閃き続けるスタジオの中で、順調に撮影は行われていく。
その様子を後方のパイプ椅子に足を組んで腰掛け、沈黙のまま見守っていたナミは、ほんの少し眉根を顰めて、
「サンジくん、ちょっと」
と、本日の役目を果たした料理人を呼んだ。
「ゾロ、呼んできてくれる?」
え?と、口にしそうになったサンジをナミは視線だけで制し、そのまま目線を向こうへやった。
その先には、白いセットの中、フラッシュに塗れる船長の姿。
彼の表情を見たサンジは、それだけですべてを理解した。
「……了解」
肩をすくめて苦笑い。サンジは背を向けてスタジオの扉へ向かう。
その後姿から、しょうがねぇ奴らだ、と言外に聞こえる。
きっと咥えタバコの口の端は笑っているに違いない。
燦然と降り注いでいたフラッシュの数が、急に少なくなった。
ルフィがそれに気付くより先に、カメラマンがファインダー越しに声をかけてきた。
「…船長さん、少し休もうか?」
一瞬を切り取るプロは、ファインダー越しに色んなものを見透かしてしまう。
心のうちをあっさりと見抜かれてしまったのだ。
それがとても心外だったといわんばかりに、ルフィは首を振る。
「でもね、船長さん、」
わざと含みのある声が響いた。
ファインダーから顔を上げたカメラマンのとルフィの視線が、真正面にぶつかった。
「僕は怒った顔は頼んだが、泣きそうな顔は依頼していないんだよ」
言い返せなかったルフィはそのまま押し黙ってしまう。
「少し休もう。慣れないからね」
それを慰めるではないが、柔らかく笑ったカメラマンは優しく言った。
あっさりとルフィの内側を暴き出されて、ルフィの視線が白い床に落ちた。
心のうちが見破られたんだ、そう感じて、思わず右手を握り締めた。
その時、スタジオの向こうの扉が開いた。
まるで何かに呼ばれたように、ルフィの視線は、自然とそちらに奪われた。
薄い光と一緒に現れる色。
あの存在感だけは見逃すはずがない。
緑髪と、三本刀。
それを見つけた瞬間、自然と、顔が綻んだ。
白と黒の世界でそこだけ色がついたように極彩色に彩られる。
自分でも不思議なくらい、当たり前のように笑顔が零れ落ちた。
瞬間、フラッシュが走った。
表情が変わった。と、即座にカメラマンがファインダーを食い入るように見つめ直した。
視線の先、あの仏頂面の剣士がいる。
それだけで、急に身体が軽くなったように感じる。
視線同士がぶつかる。
あの仏頂面から、少しだけ歪んだ微笑みがこぼれた。
それだけで、自分の口も笑う。
聞こえないことは判っていながら、唇だけ動かす。
たった二文字の彼の名前は、誰にも聞きとがめられることなくスタジオに溶けた。
それでも間違いなく届く、お互いの距離感。
それが酷く心地良い。
一瞬だけ、ルフィは瞼を伏せて噛み締めた。
そして、その両目を開いたときには、き、っとルフィの視線が鋭くなる。
ふつふつと湧き上がる怒りという感情が腹の下からやってくる。
先ほどの微笑を思えば思うほど、怒りがこみ上げてきた。
全身に浴びるシャッターの数はつい先ほどと比べものにならないくらい増えた。
カメラマンはファインダーに齧り付き、何度もルフィに視線の先や顔の向き、身体の場所などを指示し始める。
どんどん声量が上がってくる辺り、カメラマンも被写体が乗ってきていることをすぐさま感じ取ったようだ。
飛び交う指示と光。
その中でルフィは自分の中の感情の行方を探していた。
「ゾロ」
尖った声で呼ばれた。
控え室に置いてあるソファに座ったルフィは、隣をぽんぽんと叩く。
その顔は先ほどと比べ物にならないくらいの不機嫌で彩られていた。
次に何を言われるのか予想がつきすぎて、ゾロは内心、苦虫を噛み潰した。
それでも、ゾロは大人しく隣に座る。
「おれ、怒ってんだからな」
ルフィの声が刺さる。
「……悪かった」
そっとルフィを引き寄せて、ゾロは素直に謝った。
その頬に額に、耳元に、唇に、優しいキスを何度も落とす。
「ごまかされねぇからな!おれ、ほんとに怒ってんだからな!」
きーきー騒ぐルフィをよそに、ゾロは何度も触れるだけのキスを送った。
「…お前なんでいなかったんだよ」
ようやく落ち着いてきたらしいルフィは、それでも棘のある言い方でゾロを攻めた。
「…悪かったよ」
「せっかくかっこよくしてもらったのに」
思いっきり頬を膨らませてルフィは文句をぶつける。
「ゾロがいねぇと、ダメなんだよ」
「…悪かったって」
「おれ、かっこよかっただろ?」
「……あぁ」
「ゾロに一番に見てもらいたかったんだぞ」
「…だから、乗り気じゃなかったんだよ」
「なんでだ?」
ふい、とゾロの視線がそっぽを向いた。
しばらくの沈黙。
ルフィの縁取られた大きな目が突き刺さるような視線を投げてくる。
それに耐えられなくなったゾロは、諦めたように小さく呟いた。
「……他の奴に見せたくなかったんだよ」
そして引き寄せたルフィの身体を抱きしめた。
「他の奴に見られてるお前も、見たくなかったんだよ」
予想以上にしょうもない理由に、不機嫌だったルフィの頬がとうとう笑った。
すると、笑うな、と丸いほっぺたを摘まれる。
そして改めて視線同士がぶつかると、二人してまた笑った。
「もう二度とこんな服着ないだろうから、よく見とけよ」
「買い取ればいいだろ」
「高ぇんだ、この服。ナミが許してくんねぇよ」
「……それもそうだな」
「まぁ、おれはいつものがいいや」
そう言ってルフィはゾロの腕からするりと離れると、衣装を脱ぎ始めた。
「あ、あとな、」
ルフィはシャツのボタンを外しながらこともなげに続けた。
「罰として、明日は一日おれの側離れるの禁止な」
「……了解、船長」
さて後日。
「この間の撮影の写真、できたってー」
ナミがあのよく通る声で、皆を呼んだ。
カモメで届けられたのは、先日の撮影の写真が見事な表紙となって完成した雑誌。
「これが全国の書店に並ぶのねー」
ナミは表紙の向こうに支払われる報酬を想像して目を輝かせていた。
仕上がった写真を見て、クルーたちも個々に感想を述べる。
ふと、届けられた封筒の中に、もう一通別の封筒が入っていることにナミが気付いた。
「ルフィ、あなた宛よ」
ナミから差し出された封筒には、はっきりと、こう書かれていた。
麦わら海賊団船長、モンキー・D・ルフィ殿。
差出人は、あのカメラマンだ。
「いいよ、あけてくれ」
開封をナミに任せると、彼女は早速封を切る。
そこには一枚の写真と、添えられた一行だけの手紙。
なんだなんだと仲間たちが覗き込むと。
「あら、良い顔して映るじゃない、さすが船長さんね」
「いいやロビンちゃん、これはカメラマンの腕だな」
「それもあるけど、一番はあれよ」
ナミは呆れ顔で、芝生の甲板で昼寝を決め込む剣士を指した。
クルーが同時にゾロの寝顔を見て笑う。
「ん?何が入ってたんだ?」
ナミの手の中の写真を覗き込んで、そこでルフィは言葉を失った。
「気障なカメラマンねー、口説き方がずるいわ」
「あら、素敵じゃない」
ナミの声に微笑みに乗せるのはロビンだ。
「おれ、もういぃよ」
もう辟易した、という顔でルフィは舌を出す。
「ゾロが見たらまたへそ曲げるから、隠しときなさいよ」
ナミはその写真をルフィの胸元に押し付ける。
そこに写るのは、カメラではなく別の場所に視線を向けた船長の姿。
まさに雲の隙間から現れた太陽のような笑顔を浮かべた表情は、被写体の全てを極上のものに仕立てていた。
フレームには写っていないその視線の先になにが、いや、誰がいたかなどはこの船のクルーならば百も承知である。
そして、あの一瞬を見事に切り取った写真に添えられていた手紙には、こう書かれていた。
「この表情(カオ)をカメラ(ぼく)にくれるなら、また君で撮りたい」
end.
SW公開記念のときに某集A社のファッション誌の表紙を船長さんがやる、って聞いたときにもやっとした妄想…。
ようやくお蔵出し。(笑)
またしても誕生日関係ない話だけれど、おめでとう船長愛してる!!!
お粗末さまでした!!
2011/05/05