遣らずの雨
久しぶりの上陸日は見事な雨だった。
「…なんで雨とか降るんだよ〜」
宿の窓から人通りの途絶えた大通りを見遣って、エースは嘆く。
「言ったってしょうがないだろい」
後ろから笑いを含んだマルコの声がかかった。
「ここの露店、楽しみにしてたんだよ」
晴天の日に立ち並ぶ露店商の屋台を期待していたエースは唇を尖らせて呻く。
あいにくこの雨では露店はおろか、買い物客は殆ど見当たらなかった。
人の気配の薄れた大通りから視線を外してエースは振り返り、マルコに言う。
「サッチは?」
「裏街だよい」
目当てのお姉ちゃんには会えたかねぇ、とマルコの目が細まる。
裏街とはその名の通りの歓楽街だ。
表の街から隠れるようにアーケードが続くので、雨が降ろうと関係ない。
この街の裏の顔。
酒場、花街、賭博場に、最近では麻薬も扱う店が出てきたとかこないとか。
「…そろそろシメないとな」
独り言のようにマルコは呟いた。
白ひげの縄張りで勝手なことをしてもらっては困る。
しばらく安定していたようだが、また悪さをする輩が出てきているようだ。
「…で、行くのか?裏街」
エースの少し上ずった声がマルコに届く。
「そうだな、今日中に一度様子を見て…」
「そうじゃなくて」
「なんだ?」
「サッチと一緒に行かなくて良かったのかってこと」
「なんだ、行って欲しかったのか?」
「………ヤダ」
「なら言うなよい」
マルコの口の端が薄く笑う。それと同時にエースの黒髪に指が絡んだ。
拗ねたように唇を尖らせるエースは、絡んだ手の重みのせいにして俯く。
「せっかく陸に上がったのに良いのかって思ったんだよ」
「お前の方がいいよい」
「おれ、高いぜ」
「いくら払って欲しい?」
「いくら払ってくれる?」
「いくらでも」
余裕の微笑みを湛えて、あの魅惑的な唇が薄く笑う。
困らせるつもりでそんなことを言ったのに、こうもあっさり返されると、エースの方が切り返しに困ってしまった。競り負けた気分だ。
「……いらねぇよ」
苦し紛れの一言も、なんてことはない、ただのじゃれ合いだ。
こういうときのマルコに押し勝ったことは今のところないのだが。
そんな軽口を叩きながら、いつの間にかお互いの距離は徐々に縮まっていき、気付けばすぐにも触れ合えるところにいる。
呼吸音、鼓動音が聞こえそうなくらい、側に体温を感じた。
ひゅ、っと呼吸が途切れる。
それが合図だったかのように、お互いの唇が触れた。
最初は軽く。数回に分けて触れ合う。
同時に伸ばした腕がお互いの首筋と後頭部に回り、激しく引き寄せ合う。
徐々に触れる時間が長くなっていく唇に、絡まる吐息と舌先に呼吸が苦しくなる。
息苦しさに耐えられなくなり、エースは唇を外して空気を吸うと、いつの間にか力強い腕に身体を押されて、気付いた時には背中にスプリングの感触がした。
されるがままに身体を預けると、まるで猫がじゃれあうように、髪や耳、頬にいたずらなキスが降り、くすぐったさに身じろいだ。
その合間にエースはブーツを脱ぎ捨てる。
そしていたずらな唇が色を持ちはじめ、首や胸元に落ちると、身体の奥からじわじわともどかしい熱が生まれた。
唇が触れる場所から発火していくような、そんな感覚。
もどかしい熱のおぼろげな輪郭が腹の中を暴れ回る。
どんなに綺麗に形容したところで、この衝動の名前は欲情でしかない。
ただの醜い欲望だ。
それがぶつかり合うだけ。
まるで欠けたものを埋め合うかのように貪るだけ。
それだけで、この退屈な雨の休日は満たされるような気がした。
「……なぁ、マルコ」
ふと何か思いついたように、マルコの名前を呼んだ。
「なんだ?」
押し倒され、すっかりシーツに散らばった黒髪を見下ろすマルコはふとキスを止める。
それを見計らったように、エースは一度身体を起こすと、マルコの肩を軽く押した。
その勢いで今度はマルコがベッドに腰を据える。
「エース?」
そのままエースは、マルコのサンダルを奪い取ると、床に放り投げた。
それから、その上に膝立ちで圧し掛かるようにして体重をかける。
疑惑を孕んだマルコの青い目を上から見下ろした。
物言いたげな視線は、色に濡れていた。
背筋に走るぞわりと浮かび上がる感覚をかみ締めた後、エースはちろりと舌先で自分の唇を舐める。
何か言いたそうに少しだけ動かしたマルコの唇をそのまま自らのそれで塞ぐ。
触れた唇が小さく音を立てると、かすかに震えるような熱が伝わってくる。
そして離れたと同時に、舌先であのぽってりした唇の先を舐める。
そのまま少しだけ皮膚に触れさせた舌先は、ゆっくりと唇から顎の下に降りて、喉を形どる。
触れるか触れないかの距離を舌先が滑らかに滑っていく。
そのまま鎖骨の窪みに軽く口づけて、そこを舐めた。
シャツの間から覗く胸元の刺青を伝って、臍の下にたどり着く。
ここでエースは一度舌先を仕舞い、顔を上げてマルコを見やる。
ぶつかった青い視線には、それから先の行為を、引き止めようが促そうが、どちらにせよ生まれる罪悪感に満ちている。
それはエースの内側に灯った欲情の火を煽るだけだった。
エースは満足げに唇の端を持ち上げ、さっさとマルコの足の間に頭を埋めると、器用に歯だけ使って前を寛げる。
そのまま熱を持ちはじめたそれを取り出すと、一度喉を鳴らした。
ほんの少しだけの躊躇の後に、ゆっくり舌先をそれに這わせる。
先ほどと同じように、触れるか触れないかの距離を往復して、また先端に戻ってくると、今度は出来る限り口の中に含んで、しっかりと舐めた。
わざと卑猥な音が立つように先を啜ると、溢れる唾液と他のもので唇の端が濡れる。
「…エース、」
低い声で名前を呼ばれるが返事はしない。できない。
殆ど夢中になって口の中で舐めて吸い上げ、時折柔らかい唇で甘く噛む。
口の端から溢れた唾液とそれ以外が顎を伝って落ちた。
何度か吸い上げてから、喉の奥まで飲み込み、むせ返る前に解放する。飲み込みきれない場所は指先で愛撫する。
その行為を何度か繰り返し、口の中が色んなものでいっぱいになる頃。
「…っもういい…」
上から抗議の声があがった。
それを遮るように、大きな音を立ててしゃぶった。
「…エース、」
マルコが小さな悲鳴を喉の奥で押し殺した瞬間、弾けた。
噎せ返る独特の匂いと、生暖かい液体の感触が舌の上に広がる。
その残滓をわざとらしく音を立てて啜ってやると、途中で頭を掴まれ、引きはがされた。
「そう急くなよい」
攻撃的に色のともった目線がエースの両目を容赦なく射抜いた。
先ほどの行為そのものより、その視線の方にぞわりと背筋が粟立つのを感じる。
喉を鳴らして口の中のものを飲み下すと、マルコの表情が罪悪感とも劣情ともいえない妙な表情に歪む。
飲み込みきれなかったものが、口の端から零れて顎を伝った。
それを手で隠して、溢れる体液を拭おうと、エースはマルコの足の間から身体を引く。
そしてベッドサイドの方に向き直る。
すると、後ろを向いたエースの背中を濡れた視線が這うのが判った。
ベッドサイドに手が届く前に、それに気付いた。
次の瞬間には、するりとその背中をマルコが抱きしめる。
「…っ、マルコ…?」
強く抱きしめられ、引き寄せられると、マルコはエースの首筋に顔を埋めた。
エースは後ろから抱き着かれた状態で、マルコの膝の上に座る。背中には、直に触れあう体温と、鼓動の音がした。
空いた片方の手で半ば無理やり口を開かされると、割り入ってきた指先がエースの唇の端を濡らしていたものに絡む。
先ほどまで軽口を叩いていたマルコの唇が、黒髪に隠れたがるエースの耳の後ろを軽く舐め上げ、そのまま塗り潰す。
耳朶を這う唇が火を着けているように、触れた側から焼け付きそうなくらい熱い。
マルコの唇はそのまま首筋まで降りて、肩に行き着いた。
「……ぁっ」
思わず声が漏れ出すほど、艶かしくその舌先が身体のあちこちを這い回る。
首の後ろを伝い、肩甲骨の辺りでちくりと刺す痛みが走る。
「…あっ、跡つけんな…!」
普段から上着を着たがらないエースにとって、情事の跡など残ってもらっては困る。
しかし、それが聞き届けられる前に、エースの腰を捕まえていた腕はいつのまにかさっさと重厚なベルトを外しにかかり、そのままジッパーが引き下ろされた。
足の間から、さっきの自分の行為ですっかり熱を持ってしまったそれを取り出して、同じように指先で撫で回す。
先ほどエースの唇の端から絡めたものと、エース自身から溢れた先走りで直ぐに濡れた感触が腰を振るわせた。
「…ん…っ」
耳朶に雨音と嬌声が混じる。
嫌味なくらいに響いてくる粘着質な水音と、外で音を立てる雨の気配が部屋の中の空気と絡むと、それは充血した淫蕩さを孕んでそこら中に広がった。
後ろから捕らえられた状態で手淫をされるというのは、どうにも倒錯的な気がしてならなかった。
目の前に相手の姿が見えないというだけで、背筋を這う気配と息遣いに不安と欲情を煽られる。
「…っ…ぁ……あぁっ」
ぞくりと全身が震えると、程なくして、エースはマルコの手に白い欲を吐き出した。
その張り詰めた一瞬から弛緩する快感には、いまだにどういう顔をしていいのかわからない。
「ちょっと腰上げろい」
吐き出した精液をそのまま絡めていた指先が、今度は後ろに回った。
それと同時に、もう片方の手でまだ何とかしがみ付いてたエースのハーフパンツは引き下ろされて、ベッドの下に追いやられる。
床にベルトのバックルが当たったのだろう。重厚な音がした。
気付けばマルコに背中を向けたまま、膝立ちになった状態で後孔を弄られる。
始めは一本ずつ侵入してきた指先に、何度も抜き差しを繰り返されると、下腹部に渦巻く欲のせいで腰が震える。
全身が強張るのに、身体を支えていられない。
そしてエースは上体を屈めてベッドに手をついた。
「……っん…ぁっ…は…あ…ぁ」
いつのまにか増えていた指先が何度も緩急をつけて1番声を上げる場所に絡みついた。
「…やぁ…っ…ぁ…」
悲鳴に似た声を片手の甲を噛んでごまかした。
すると、強く内側を擦られて一際高い声が上がる。
「声、我慢するなよい」
背中に降る声が耳元に絡みつく。
抱えられた背中に緩やかに体重がかかると、そのまま俯せにベッドに倒された。
腰だけ強く引き上げられて、体温より熱いもので、狭い場所を押し拡げる感覚。
「そのまま、おれだけ感じてろい」
低い、色を孕んだ低音が耳元で柔らかく囁いた後。
次の瞬間には強く一気に貫かれた。
「あぁぁっ…は…あっ……ぁ…っ」
シーツに顔を埋めて、弾ける声を押し殺す。
侵入する痛みと、それの少し後に引きずられるようにやってくる甘い疼きに頭を振って耐えた。
それでも口元からこぼれる声は完全に消せなくて、羞恥で頬が歪む。
投げ出された手のひらで必死にシーツを握り締めた。
そして気がつくと、宥める様に、その握り締めた手にマルコの手が重なった。
何度も緩急を付けて揺さ振られると、耐え切れなくなり甘く呼吸を吐いた。
「エース」
欲に塗れたような声で小さく名前を囁かれると、その大きな刺青が入った背中にマルコが覆いかぶさる。
繋がったままで耳元を甘く噛まれた。
聞こえる呼吸が荒れていた。
マルコのシャツの間から直に触れる背中越しの体温が熱い。
繋がっている場所よりも熱い。
同じ刺青が重なると、お互いの身体に焼き付けているような錯覚がした。
耳元をさ迷っていた唇が黒髪に埋まり、それから徐々に下に降りる。
うなじを舐め、翼の名残を甘く噛んで、背中の真ん中に何度もキスを落とす。
ひび割れたような感覚が何度も背中を襲うが、突き動かされる衝動にそれも感じない。
「あっ…ぁっ…や…ぁあぁぁっ」
少しずつ攻められる力が激しくなって、一番声を上げる場所を強く擦られて、最後、埋めたシーツの中から嬌声を上げて果てた。
程なくして、身体の一番奥に熱く濡れた感覚が走る。
吐き出した息が重たく、甘く淀んだ空気に絡んだ。
額から顎にかけて伝う汗をぼんやりと感じていると、もう一度マルコが背中にキスをした。
達したときの緊張感から緩やかに弛緩していく、あの浮遊感に身を任せて、エースはそのまま目を閉じた。
しとしとと気持ちよく耳朶を叩く雨音に、不愉快な音が混じって、エースは重だるい瞼を持ち上げた。
それが小電々虫の呼び声だと気付いたときには、隣にいたマルコがさっさと応じる。
小さなカタツムリから聞こえた声は、サッチのものだった。
『例のヤクの売人捕まえたんだが、ちょっと人が足りねぇ。手ぇ貸してくれ』
小事ではないサッチの声に、エースも直ぐに身体を起こす。
「どうした?」
「サッチが例の売人を捕まえたらしいよい」
応答の合間にマルコはエースに伝えると、エースは即座に床に放り出していたハーフパンツを拾った。
『なんだ、エースもいるのか。ちょどいい、ちょっと急ぎだ、頼むぜ』
「あぁ、判った、すぐに行くよ…い…」
が、そこで快活だったマルコの声が急にしぼむ。
その視線の先には、エースの背中があった。
「…エース、お前、上着ろよい」
「え、なんで……って、あぁ!」
雨が降る窓にエースは自分の背中を写すと、そこには見事に紅い跡が桜を散らしたように残っていた。
「跡…付けんな、っていつも言ってんだろ…!」
「悪い、つい」
「ついじゃねぇよ!おれ上着持って来てねぇんだよ!」
『は!?お前ら、オレがお姉ちゃんとも遊ばずにおっさん追っかけてる間にそんなことやってたのかよ!?』
まだ繋がったままの小電々虫からサッチの悲鳴が聞こえた。
「悪い、すぐに行くよい」
さっさと小電々虫の応答を断ってマルコはエースに向き直る。
見事に咲いた赤い跡は、付けた当の本人ですら恥ずかしくなるほどだった。
「こんなの付けて殴り込み行ったらサッチに何言われるか判ったもんじゃねぇ!」
しかし、上着を買っていく時間もなければ、店もない。
頭を抱えるエースに、言い訳のしようもないマルコは黙って自分の上着を差し出した。
「とりあえず、おれの着とけよい、明日買ってやるから」
「……むらさき」
「文句あんならそのままでいろい」
「誰のせいだと思ってんだーー!!!」
end.
マルエを語る上で、バックは外せんやろ!ということで…(笑)
マルコさんの胸の刺青と、エースくんの背中の刺青が重なるのは非常にエロいよなぁ…。
んで、不意に、あの誇りを背負った背中にむらっとしたマルコさんが夢中になって跡とか付けちゃうといいよなぁ…。
普段上着着ないエースくんは跡付けられるのめちゃくちゃ嫌がると可愛いよなぁ…。
みたいな妄想から出来た話です。
この後、しっかりサッチには小言を言われるんじゃないでしょうか(笑)
お粗末さまでした!
2010/07/31