リナリア:1


ここに困った事実がある。
どうやら俺は、この船の船長が好きらしい。

一体それに気付いたのはいつのことだったか、正直ぼんやりとしか思い出せない。
もうとても自然に、まるで呼吸することと同じくらい当たり前のように、この目があの笑顔を追いかけていた気がする。
嵐に巻き込まれるようにしてあいつと一緒に海へ出た。
それから一人二人と仲間が増えた。
気付けば大事なものが増えた。
そして、あいつは大事な奴から、もっと側にいたい奴になった。

こういうことには疎そうなあいつのことだから、試しに一度だけはっきり言ってみたことがあった。
すると、

「おれもゾロのことすきだぞ?」

と、いつものあの笑顔が返ってきた。
…だろうな、と苦虫を噛み潰した顔で生返事をして、その話はそこで途切れた。


この船に、お前を好きじゃないクルーはいない。

そして、お前が好きじゃないクルーもいやしない。


このあっけらかんとした船長の言う、“すき”の定義は、広すぎる。
いや、そうじゃないな。
抱く意味が違いすぎる。
あいつにとってのすきと、自分の好きは、まったく纏うものが違う。
それは最早、同じ言葉ですらない。
同じ意味での“すき”は、到底望めないのだと。
そんなわかりきったことにも、伝わらないもどかしさと、持て余した感情のやり場のなさに、なんとも吐き出せない歯がゆさを腹の中に抱えていた。

だが、それでもいいと思っている自分もいた。
このままでも、支障はない。
むしろ、このままがいいのだと。
何かを壊したくて告げたわけではない。
大事なことに変わりはないのだから。
そう思い込み、静かに目を閉じれば、ことは解決するのだ。
それで、良かった。


…筈だったのだが。


「ぞぉ〜ろぉ〜〜〜」

船長の通りのいい声で呼ばれたと思ったら、背中に盛大な衝撃を受けた。

「メシできたぞー!」
「……判ったから降りろ」

呆れたような声音は自分自身に放ったものだった。
ゾロは、無意識にあがる自らの心臓にため息を吐く。
同じようなやり取りを、ここ数日、立て続けにしているような気がする。


「ぞーろっ」

あるときはトレーニング中に。

「ゾロー!!」

あるときは眠る前に。

「ぞろー?」

あるときは風呂場で。

一体何がしたいのかわからないくらい、船長はやたらとゾロの周りをうろちょろするものだから、せっかく決意した覚悟を四六時中試されている気になってくる。
いや、これは修行だ。訓練だ。鍛錬だ。
そう言い聞かせて理性を保ってきた。
覚悟した意味を、こいつは根底から覆すことが簡単にできるのだから、なんて厄介な船長なんだ。
自分のおめでたい頭をがしがしと掻いて、ゾロは背中に乗っかっていたルフィを静かに降ろした。






とある島に、補給で立ち寄ったときのこと。
船番を言い付かったゾロは、ここぞとばかりに昼寝を決め込んでいた。
静かな波間にゆっくりと閉じる瞼は日の光を浴びて、とても暖かく、なんとも緩やかな時が流れる。

「あー平和だ」

ぼんやりと流れる雲を見つめて、午後の惰眠を貪るその様は、とてもじゃないが、海賊狩りと恐れられた男とは思えない。
頬を撫でる潮風が心地よくて、なんとも気候の良い島に立ち寄ったものだ。
そういえば、この島の名産である果物が美味しいと情報を仕入れていたコックが、やたらと張り切って買出しに出かけていたな。
明日のおやつはいつも以上に期待できそうである。
珍しいおやつが出てくると、船長が喜ぶので、それはゾロにとっても喜ばしいことだった。
そんなことを意味もなく考えていたら、すっかり眠りこけてしまっていた。



ふと、身体を覆う暖かさに目が覚めた。
すると、一瞬にして、身体が固まった。
目の前、すぐ真正面にある、我が船長の寝顔。
まるで警戒心のない、陽だまりの下にいる猫のような顔をして、側で、眠る。
というか、ここまで熟睡されても気付かなかった自分にも恥た。
どれだけこいつの気配に安心しているのだと。
衝撃というか、もう、殴られたような、そんな感覚。

…勘弁してくれ…。

思わず頭を抱えてしまいそうになる。
しかし、これだけ気持ちよさそうに寝ているところを起こすほど、悪人でもないし、この寝顔をもう少し見ていたいとも思う。
相当やられているな。
ゾロの口元が自嘲した。
そして、撫でるような潮風が吹いた。
ふと、悪戯心が湧いた。
と、いうか、本音が顔を覗かせた。
規則正しい呼吸音。
伏せられた睫と、ゆっくり上下する背中。
撫でる潮風に揺れる黒い髪。
眠っていることを確認して。
周りの気配を確認して。
ただ一点、張る静寂を確認して。
静かに寝顔を覗き込んで。
そっと、一瞬だけ、唇が触れる。
そのまま弾かれたように離れた。

「…枕の代金な」

まるで言い訳するように苦笑いすると、そっとその場を立ち上がる。
風が出てきた。
毛布を持ってこなければ、身体を冷やしてしまうな。
小さく肩をほぐして、ゾロは男部屋へ向かった。


end.


船長バカなゾロが好きです。船長に振り回されているゾロも好きです。
天使のような悪魔の寝顔を地でいく船長も好きです。
すみません、続きます。
2010/06/06