スカーレット:1
薄闇の部屋の中、ベッドサイドのランプがぼんやりと輝く。
緩やかに闇を切り取る光に映し出される影はふたつ。
その影たちはひそやかな声を弾ませて、内緒話をするように、囁き合う。
部屋を満たす柔らかい空気が次第に色を帯びて、囁き声が睦言に変わるのにそう時間はかからない。
甘い水音がその耳朶を叩くと、短い吐息がアンの口元から滑り落ちた。
「…んっ…」
アンの黒髪に指を絡めていたマルコの手のひらが次第に肩に降りてくる。
触れ合う体温を唇で交換し、回した腕を絡めて、ゆっくりと温度を確かめ合う。
軽い音を立てて繰り返すキスの合間、唇が離れるたびに笑い声が漏れた。
夜にこうやって二人で会うことが好きで、内緒話のような他愛のない会話も好きで、抱きしめてくれる腕に安心する。
くすぐるように囁きあって、キスをして。
別にそれ以上のことをするではなく、ただ、抱き合いながら一緒に眠る。
背中に感じる確かな腕の体温が、この上なく安堵をくれるから、それに甘えてしまう自分もいる。
普段は一番隊隊長として恐れられているのに、こうやって二人でいる時はとても優しいことも、アンには嬉しくて仕方がなかった。
特別であるということの幸福感と充足感。裏を返せば独占欲。
その何もかもが、この身体を震わせるくらいに満たしてくれる。
柔らかな肌の上を滑る無骨な手。
その手も抱きしめてくれる腕も触れ合う唇も、いつも全てが優しくて、アンはマルコの側で、大好き、と囁く。
「……アン」
名前を呼ぶマルコの喉が、小さく鳴る。
こうやって名前を呼ばれることが嬉しいと思う。
目を閉じて、頬を染めて、その心地よさを感じていると、また唇が塞がれる。
もう一度触れた唇は先ほどよりも熱かった。
「…ん」
アンはその熱に特別な意味など感じないように、簡単にそれに応じて、全身の力を抜いて、身体を預ける。
すると、抱きしめられていた腕に、急に力が入った気がした。
不意にアンの背中に回っていた腕が離れ、急に抱きすくめられるように引き寄せられると、何度も何度も唇を塞がれる。
速度を増したそれに、アンは驚きを隠せず、目を見張る。
いつもの優しいキスは最初の一瞬だけで、歯の間から粘膜の塊が侵入してくる。
「…っ!」
塞がれた口から声にならない悲鳴が漏れた。
それなのに、一向に舌先の蹂躙は止まることなく、アンの咥内を犯す。
「ん…んん…!」
ぐ、と抵抗しようと身体を捻ったが、力強い腕に阻まれてしまう。
不意に呼吸ができなくなって、マルコの肩を叩いた。
「…マルコっ」
悲鳴は届かず、有無を言わさず一度だけ離れた唇はまた塞がれる。
ささやかな抵抗など全く意に介さないかのように事態は進んでいく。
驚いて瞬きをしている間にはもう後ろに倒され、後頭部とシーツがぶつかった。
「…ぁっ…」
瞬間離れた唇から小さな悲鳴が上がるものの、捕まれた腕は緩まなかった。
「…っ……待っ…て…!」
先程までアンの唇を塞いでいた舌先は今首筋にあって、頸動脈をなぞるように暖かい血の後を追っている。
「マルコ…!」
優しかった指先が今は性急にアンの胸元を探り、人に触れられ慣れていない場所に別の体温があることが、背筋を凍らせた。
足の間に割り込まれた腿が想像以上の熱を持っている気がした。
「マルコ…!待って……ちょっと待って…!」
必死でマルコの両肩を叩いて押し留めるも、アンの悲鳴にも似た叫びは、届かなかった。
「…ちょっと黙れよい」
ぐ、と、冷ややかな低音がアンの身体を底冷えさせる。
いつも優しい光をくれるあの青い目が、とても冷たいもの放っているように見えた。
急に身体の距離がなくなって、自由がなくなって、上から見下ろされる視線が恐ろしくなった。
初めて、マルコを怖いと思った。
「…やっ…ぃや…ぁ…あぁぁあぁ!」
そして、完全な悲鳴と涙がベッドに落ちた。
アンは渾身の力で、自分を拘束していた腕を振り解く。
無意識の内にその両腕からは炎が燃え盛り、マルコの頬と肩を焼いた。
「…っ」
アンが自分がしてしまったことを自覚した時には、ゆらりと青い炎がマルコの周囲に立ち上り、柔らかく傷を撫でた。
すると、傷は何事もなかったかのように綺麗に消えてなくなっていた。
時間にして数秒のこと。
だが、それだけでアンの全身を罪悪感が駆け上った。
「……あ…ぁ…ごめ……」
肩で息をして、涙が頬を伝う温い感触がした。
しかし、頭は真っ白だ。
目の前の先程まで自分が大好きと囁いた人が、今は怖くて仕方がなかった。
「あ…あぁ……」
震える唇からは嗚咽にもならない声が零れた。
胸元で握った両手の力は緩むことなく、全身が打ち震えた。
拒絶を受けたマルコはばつの悪い顔と罪悪感を混ぜたような奇妙な顔でアンを見詰めている。
「…あ…ぁ…あ、…あたし…っ」
全身が震えているアンは、どうしたらいいかわからなかった。
頭の中が真っ白になって、ただ、ぼろぼろと涙が落ちた。
謝罪がしたいのに、唇は上手く動かない。
「…部屋に戻れよい」
先に沈黙を破ったのはマルコの方だった。
その声に抑揚はなかった。
さっきまでの睦言が夢であったかのような冷たい声で告げる。
「早く戻れ!」
大声にアンの細い肩が震えた。
次の瞬間には、弾かれたようにアンは部屋を飛び出す。
縺れる足をとにかく走れと叱咤した。
背中を這い登ってくる罪悪感という恐怖が、アンを追い立ててた。
「…何やってんだ…おれは…」
そして部屋に残ったマルコの口から、滲み出るように零れた声が、闇に溶けた。
すみません続きます!!
思いのほか長くなってしまった…。
テーマはどこかで見たことがある少女マンガ的なマルアン。
良かったらお付き合い頂けたら嬉しいです。
2010/08/16