スカーレット:2


激しくドアを叩く音で目が覚めたサッチは、ベッドの中から不機嫌そうに返事をした。

「…なんだこんな夜中に…」

大きな欠伸ひとつして、後頭部を掻きながらしぶしぶドアを開ける。
しかし、そこにあった光景を見ると、寝ぼけていた頭が一瞬にして覚醒した。
そこには闇の中に立っているアン。
ただならぬ空気がそこらじゅうに漂っている。

「どうした?」

尋常ではない事態に、サッチは愕然とする。
そして、嗚咽を喉元で堪えていたアンは、サッチの顔を見るなり堰を切ったように泣き出した。
そのままサッチの胸元に飛び込んで、惜しげもなく大粒の涙を零す。

「……サッチぃ……」
「…とりあえず入れ、な」

状況は飲み込めぬまま、しかしとてもじゃないが穏やかではない状況を目の当たりにしたサッチは、アンを部屋の中へ促して、ドアを閉めた。




「…それで、逃げてきたのか」

ようやく落ち着いてきたアンはベッドの上に膝を抱えて座り、ぽつぽつとことの顛末を話した。
その小さく震えていた肩にシーツをかけてやり、サッチは隣に腰を下ろす。
時折嗚咽で言葉が詰まるアンに、出来るだけ安心させてやるように穏やかに先を促してやる。
しかし、聞けば聞くほど、サッチの表情は歪んでいった。

「…サッチ…!どうしよう、あたし、マルコに…酷いこと…っ」

縋り付くようにサッチを見つめる大きな黒い目には、また涙が滲んだ。

「…酷いってか…いや、まぁ…なんだ…」

マルコの気持ちも痛いくらい察しがつくので、サッチもなんと言ったものか、正直頭を悩ませた。

(ってかお前らまだやってなかったのかよ)

あれだけ夜一緒にいて、未だ未遂で済んでいるところに驚きを隠せなかったのも事実である。

「…お前らさ、毎晩一緒の部屋にいてなにやってるわけ?」
「…なにって…別に…一緒に寝てる…」
「…そんだけ?」
「うん」

アンの涙で濡れたまっすぐな瞳を見て、サッチは思わず額に手を宛てて唸る。

「…アン、お前今いくつだ?」
「?じゅうはち」

そりゃ、マルコも手ぇ出すの我慢するわな、とサッチは内心呟く。
今までそれだけ頑張ったマルコの理性に拍手を送っておこう。内緒で。

「…まぁ、びっくりしたんだよな?」

ようやく涙がなりを潜めたアンの黒髪を撫でてやりながら、サッチは優しく言った。

「…急に怖くなったの。いつものマルコじゃなくなって…それで…」

アンは肩にかかっていたシーツを両手で握り締めた。

「だって、あんなの知らない、あんなマルコ知らない…!どうしよう、あたし、大好きなのに…あんなこと…したかったんじゃないのに…!」

アンは自分がしたことへの罪悪感に打ち震えていた。
傷付けてしまった。
大好きと語る人を拒絶してしまった。
あの自分を射抜くような冷たい目が今も脳裏から離れず、その冷徹な光がアンの細い身体を震わせた。
拒絶したかったわけではない。
嫌いになんてなるはずがない。
なのに、身体は言うことを聞かず、触れられた手を怖いと思った。
圧し掛かる重みが怖いと思った。
拒絶した自分が、とても醜いように感じた。

「わかってるって。マルコもちゃんとわかってるさ」

そう、自らの気持ちを懺悔するアンに、サッチの声音はどこまでも優しかった。

「ま、ちょーっと抑えが効かなくなったってか、魔がさしたってか、…まぁ、マルコも男だからさ、その気がないときはあんまり不用意に煽ってやるな。ちゃんと待ってくれるから、あいつは。だてに歳食ってねぇよ」

だから大丈夫だ、と、アンの黒髪をくしゃくしゃと撫でて、サッチは安心させるように笑った。

「な、もう部屋戻れ」
「……うん」

小さく返事はしたものの、アンはその場から動こうとはしなかった。
この優しい声音に、もう少しだけ甘えたくなってしまう。

「…ねえサッチ、今日、一緒に寝ていい?」

一瞬面食らったような顔をしたサッチは、少しだけ目線が泳ぐと、口元をうっすらと持ち上げて、アンの黒髪に指を絡める。
そして殊更優しい声音で、サッチは苦笑いとも取れるように笑った。

「だーめ」
「…なんで?」
「ばれたら、またマルコの機嫌悪くなるだろ?」
「……あ、そっか」
「ほら、大人しく部屋戻れ」
「……うん」
「気をつけてな」
「……うん」

笑顔でひらひらと手のひらを振って、サッチは扉を潜るアンを見送る。
そして、ドアが閉まった後、闇の中に小さくため息が広がった。




こいつらため息ばっかついてるよ!
もうちょい続きます。
サッチ兄ちゃんのご活躍です。

2010/08/17