スカーレット:3


「マールコっ」

モビーディック号の廊下にて、マルコを呼ぶ声が聞こえた。
その軽快な呼び声と同時にマルコは背中に強い衝撃を感じる。
それが蹴られたのだと悟った時には、巨大なリーゼントがマルコの顔の真横にあった。

「なにしやがる!」

しかし、抗議の声が届くよりも早く、がっちりとその肩をサッチの腕が捕らえて、引き寄せられた。
そして、マルコの顔の側でサッチの押し殺した声が言う。

「ちょっとツラ貸せや」

表情はとても笑顔だというのに、その声音には柔らかいものなど微塵もない。

「マルコさん。オレが言いたいこと判ってるよなぁ?」

マルコを腕に捕まえたまま、サッチはさっさと話を始めてしまう。
サッチの言いたいことなど予想がつきすぎて、さっさとその腕から逃れようと身体を捻るも、それは叶わなかった。
仕方なしに、嫌味を込めた物言いで返す。

「…お前には関係ねぇだろい」
「はっ、どの口がそんなこと言いやがるのかねぇ」

触れてくるな、と示唆するも、サッチはそれを許さなかった。
マルコの肩を掴む手に力が入る。
冗談ではない力加減に、マルコの頬が歪む。

「…これはあいつの問題なんだよい」
「んなことが聞きてぇんじゃねぇんだよ」

瞬間、全身総毛立つような殺気が広がった。

「うちの可愛い妹泣かせてんじゃねぇぞ」

底冷えする低音が耳朶を叩く。
今にもその腕を振り払ってしまいたいほどの殺気を全身に浴びた。ぞわりと背筋が泡立った。
さすがのマルコも喉を一度鳴らして、自分を射殺しそうな緑の視線を頬の側で感じた。
軽口のような声音で、とても恐ろしい台詞を吐くこの男を、マルコはまともに見ることが出来なかった。

「…わかってるよい」

ぴん、と張った糸のような一瞬が過ぎて、その気配をかわすと、マルコは小さくため息混じりに返事をする。
そしてマルコはサッチの腕を払いのけると、

「…おれだって、泣かせてぇわけじゃねぇんだよい」

まるで自分に言い訳するかのように吐き捨てて、マルコは廊下の向こうに消えた。
その背中を追うことはせず、サッチはさっさと先ほどの殺気を仕舞い込むと、マルコの背中を見送ってひとつ、息を吐く。

「……青臭い顔しやがって」

あんな顔をするマルコなど、久しく見ていなかった。
自分を押し殺しきれなかった後悔と、やり場を失って持て余している感情。
それを経験で生み出したポーカーフェイスで隠そうと平静を取り繕っているものの、どちらも隠し切れずに端々に見え隠れしている。
多分、気付くのはサッチくらいだろうが、反撃が返って来ない分、図星だったのだろう。

「たっく、めんどくせぇなぁ」

さっさと腹括っちまえ。
そう、廊下の向こうに吐き捨てた。





「さて、後はアンだな」

廊下の向こうに消えていったマルコの背中を見送った後、サッチは大きく伸びをする。
すると、背後からどこか苦味を含んだ声がかかった。

「世話焼きだなぁサッチ」
「あーら、のぞき見なんて趣味が悪いですよイゾウさん」

気配には気付いていたが、何も言ってこなければそのまま流そうと思っていたというのに。
振り返る必要すらない。相手の気配と、独特なキセルの香り。

「ほっとけば良いんだよ、他人の色恋なんて」

辛辣な物言いで呆れたように、イゾウは赤い唇から煙を吐き出した。
それには苦笑で返すサッチの鼻先を独特の香りがくすぐった。

「そうは言ってもな、可愛い末っ子には笑ってて貰いたいだろ?」
「言いたいことはわかるけどな」
「マルコの奴には、しっかり責任取ってもらわねぇと」
「それは結構……まぁ、嫌われない程度にやれよ」
「おう」

ひらひらと手を振って返事をするものの、サッチは苦笑を禁じえなかった。
結局、第三者から見たらサッチ自身も見透かされていたのだから。
気に入らないといえば、気に入らない。

「……お、そうだ」

そしてわざとらしくサッチは両手をあわせて、やけに輝いた瞳でイゾウを振り返る。
その視線に胡散臭いものを感じ取ったイゾウは、サッチが口上を述べる前にその場を後にしようとする。
しかし、サッチはそれを許さなかった。

「ちょっと協力してくれよ、イゾウ」
「はぁ?」

にっこりと微笑むサッチには、ここまで突いたのだから拒絶など許さないと、暗に物語っている。
嫌な予感が的中したイゾウの綺麗な白い頬が、見事に歪む。

「嫌に決まってんだろ」
「まーまー、可愛い妹のために一肌脱ごうぜ〜」

軽快に笑い、今度はイゾウの肩をがっちりと掴む。

「付き合えこら」

脅迫とはこのことを言うのである。




サッチのは兄妹愛です。
でも、自分でも気付いていない微妙なところにマルコと似たような感情が無きにしも非ず。(無自覚)
この感情が育つことはないけれど、奥底に眠るもやっとしたものはただの兄妹愛にしといてはくれないという、微妙な感じの兄貴が書きたかった。
急遽イゾウさん登場は、趣味です(笑)

もちょっとだけお付き合いくださいっ。

2010/08/25