スカーレット:5


足早にブーツの靴音を響かせながら、アンは道行くクルーに手当たり次第、一番隊隊長の行方を尋ねて歩いた。
相当な人数を擁するモビーディック号だが、隊長となるとそれだけで目立つ存在になる。
幾人かに同じ問いを繰り返したところで、ようやく見慣れた後姿を捉えた。

「…マルコ…っ!!」

アンは大きく呼んで、その背中に飛びついた。

「…どうした?」
「……ごめん、ちょっといいかな?」

突然の衝撃に、マルコも驚いた顔をしたが、アンの神妙な面持ちと、低い声に、さっさと事態を把握したようだ。
アンの顔を見るなり、いつもの表情に戻ると、少しだけあの青い目を細めて、承諾の返事をした。




アンは、マルコを連れて自分の部屋まで行くと、追いやるようにマルコをベッドに座らせた。
それから、マルコに背を向けて、部屋に鍵をかける。
ドアノブを俯くように見つめて、アンは一度息を止めた。
薄暗い部屋に一瞬の沈黙が流れる。

「…アン、」

黙ったままのアンの背中にマルコが何か言いかけたが、それを黙殺するように振り返る。
素早くその距離を詰めると、マルコに詰め寄る形でベッドの上に膝をつく。
そのままマルコに覆いかぶさるように、両手でその頬を抱え込んで、唇を塞いだ。
かなり強引に引き寄せたので、少し歯が当たる。

(…あたしはキスも上手にできない)

内心自嘲した。
それでも構うことなく、勢いに任せてマルコをベッドに押し倒すと、唇を離した。

「…もう、大丈夫だから…もう…逃げないから…」

自分の声が震えていないか心配だった。
ただ驚いた顔をしているマルコの手を取って、アンは自分の心臓の上に持っていった。

「嫌いにならないで…」
「…アン…」

制止とも非難とも取れるマルコの声に、アンは消え入りたい衝動に駆られる。
それでも、懇願にも似た、その願いは止められそうになかった。

「…だから……」

だから?
何を言うつもりだったんだろうか。
そんなことは自分でもわからなかった。
自分は病気じゃないんだろうかと思うくらい、頬が熱い。心臓が熱い。全身が熱い。
冷静になれば、こんなこと良くできたな、と思うだろう。
それでも、今のアンはとてもじゃないが冷静ではなかった。
心臓の音がうるさい。
その音で全てが掻き消えてしまうくらい、何もかもが見えなくなっていた。
ただ、この吸い込まれそうな青い目以外には。
マルコの手のひらの体温の下で、小さな胸が何回早鐘を打ったか判らない。
気付いたときには、アンの身体は強く引かれて、唇が塞がれていた。

「……っ……ぁ…は…っ」

触れるだけではなく、少し開いた口から舌先が侵入してくる。
激しく舌を絡めて、交わされる唇の温度に、否が応でも昨夜のことが浮かんだ。
それだけで全身が粟立った。
しかし、怖がるな、と、口の中でだけで転がして、アンはきつく目を瞑る。
一瞬の隙で、見下ろしていた立場が逆転していた。
いつの間にか、自分の後頭部にシーツの感触があって、柔らかい舌先の温度で、頭に霞がかかる。
そのシーツを無意識に握り締めて、身体が震えないように全身に力を込めた。
唇の角度が変わるたびに、甘ったるい声が口の端から零れる。
じわじわと身体の底辺に熱が堪っていく。
腹の辺りに直に触れる感触。それがだんだん上に上がってきて、うるさい心臓の上でマルコの手のひらが止まる。
柔らかい胸元をまさぐる温度と、触れていた唇が首に落ちると、少しだけ噛まれ、アンは身体を硬くした。

「……ん…ぅ〜…」

握り締めたシーツが熱い。
触れられた場所から発火していくくらい熱い。
全身の血が逆流しそうなくらい熱い。
この熱は一体どこから生まれてくるのか。
そしてそれは触れられた場所から生まれているのだと気付く。
触れる指先と舌先に、気が触れそうなくらいの温度を感じて、アンは叫ぶことも出来ずに、ただひたすらに息を押し殺して、その熱に耐えた。

ふと、ひたすらアンの肌の上を蹂躙していたマルコの動きが止まった。
訝しむ前に、何やら焦げ臭い匂いが鼻をつく。

「……アン、シーツ焦げてるよい」

瞬間、全ての時が止まった。
握り締めたシーツは力を入れすぎて、皺が寄るどころか、アンの能力で見事に焦げていた。

「あー!!」

思いっきり叫んで身体を起こし、アンはシーツを引っ張り上げる。
まさか無意識の内に焦げるとは思ってもみなくて、真っ白だったシーツには、アンの握り締めたままの手の形で黒い跡が残る。
それでなくても色々な場所を焦がしているのだ。
またボヤ騒ぎを起こしたら、どれだけ怒られるのだろう。

「……ぶっ」

次の瞬間、うろたえるアンを見て、マルコは見事に吹き出した。
盛大に声を上げて大笑いする。

「わ、笑うこと…ないじゃない…!」

さっきまでの色っぽい雰囲気など、すっかりどこかに行ってしまった。
そして、甘ったるい空気が別の色で染まりきる頃には、アンもはたと我に返った。
焦げたシーツを笑われたことと、先ほどまでの自分自身に、弁解の仕様がないくらい羞恥心が募った。
そばかすが並ぶ頬が真っ赤に染まり、自分は今、何をしていたのかを思い至ると、いそいそと乱れた服を直し、ベッドの片側に逃げるように身を寄せた。
言い訳など思いつきそうにもなかった。

「…あー。あのな、アン」

気が済むまで笑ったマルコは、身体を起こし、アンを膝の上に置いて、一度咳払いをする。
あの優しい笑みを浮かべて、アンの黒髪をくしゃ、と撫でた。

「お前は、俺をなんだと思ってる?」
「…え?」
「嫌いになるわけないだろい」
「……だって…あたし…あんなことしたのに…」

そこでマルコは、何かを噛み締めるような、少し歪んだ顔で小さく笑うと、アンの額に触れるように黒髪に指を通した。
じわりと額から手のひらの温度が広がる。
それだけで許された気持ちになるのだから不思議だ。

「…まぁ、その、昨日のことは……俺も悪かったよい」

マルコもばつの悪そうな顔で頭を掻いた。

「それに、無理強いもしたくねぇよい」
「……うん」
「だから焦らなくていいよい」
「……うん」

そしてマルコはアンを抱き寄せて、その黒髪に柔らかく唇を落とす。
そのまま小さく囁いた。

「続きはシーツ焦がさなくなったら、な」




その一言で、文字通り爆発したアンは、見事に自分の部屋を丸焦げにした。
ボヤどころの騒ぎではない事態を起こしたアンと、巻き込まれたマルコは盛大に怒られるはめになり、クルーを代表して、サッチからきついお咎めを言い渡されたのである。

「お前ら、当分は一緒に寝るの禁止な」


end.


終了でございます!
ここまでお付き合いいただきまして本当にありがとうございました!!
結局は犬も食わねぇ…って話だったんですが、ちょっとでも楽しんで頂けたなら幸いでございます!!
影の主役サッチが超楽しかった。←

お粗末さまでした!

2010/09/09